第8話

「ふぅ……やっと着いた」


 あれから五日後。

 特にトラブルもなく順調に登り続け、遂に頂上のデーヴァ湖にたどり着く事ができた。

 早朝ということもあって湖面は深い霧で覆われているが、いずれ晴れるだろう。


『かなりの強行軍だったわね』

「まぁ、結果オーライだよ」


 普通の人間なら疲労困憊ってところだろうが、あいにく僕は普通の人間じゃないんでね。

 子供の身体だとしても、多少は無茶がきくのさ。


「綺麗な朝日だ……」

「よいしょっと──わ、ホントね」


 地平線の向こうから顔を出す朝日を見つめ、目を細める。するとシルヴァも勝手に飛び出して、同じ景色を眺め始めた。


「わたし、朝日を見るのって初めてだわ」

「僕も、ここまで綺麗なのは初めて見たかも」


 これぞ頑張ったご褒美ってやつだな。こんな絶景、普通に生きてたら絶対に見られないだろうし。


「ふふ……相変わらず純粋ですね、レナトゥス」


 朝日とともに、霧が晴れていく。

 そうして現れたのは、一面を覆い尽くす巨大な湖と──その湖畔で釣りをしている、絶世の美少女だった。

 漆黒の髪に、黒曜の瞳。魔道士のような黒のローブを纏い、全身を黒色のコーデで固めている。

 どこまでも非現実的な雰囲気を纏いながらも、そいつは確かに『そこ』に居た。


「えっ!? こ、こんなところに、人間!?」

「……やっぱり出てきたか」


 あの顔を見るのは何度目になるだろうか。

 転生する度に出会ってるから、もう一千回は越えてそうだ。


「久しぶりですねぇ、レナトゥス」

「そうでもないでしょ、マキナ」


 ゆっくりと歩いて、ヤツの側まで歩み寄る。特に向こうからアクションを起こしてくることは無く、周囲には独特の静けさが漂っていた。

 相変わらず何考えてるのか分かんない奴だな。なんだって今回はこんな所で待ち構えてたのやら。


「……知り合い?」

「知り合いというか、腐れ縁かな」


 しかも、とびっきり面倒なやつ。


「お初にお目にかかります、シルヴァさん。ワタシの名前はマキナ──この世界の神様です」

「へ……?」


 ポカンと口を開けて、シルヴァは目の前の神と名乗った美少女を見つめている。

 いきなり出会った相手に自分は神だって自己紹介されたら、そりゃそういう反応にもなるか。


「他にはデウスとか、エクスとか、七十二通りの名前があった筈ですが……まぁ、好きなように呼んでください」

「は、はぁ……」


 取り敢えずという感じで、シルヴァは相槌を打つ。

 こりゃ何も頭に入ってないな。初見のインパクトが大きすぎたか。


「で? 今回は何の用があって来たの?」


 取り敢えず軌道修正──もとい、さっさと話を進めてお帰り願おう。

 このドジ神様に付き合うとロクな事が無いんだ。過去一千回の出会いで、それは魂に染みて分かっている。


「つれないですねぇ、レナトゥスは。こーんなに絶世の美少女であるワタシが、転生する度に会いに来てるというのに」

「あいにくと、妻にみさおを立てた身なんでね。ドジっ子神様に注げる愛情は最初から無いんだ」


 でも確かに、絶世の美少女ではあるんだよなぁ……誰から見ても、これ以上ないくらい美人に見えるっていうか。だからこそ気味が悪いっていうか。

 ぶっちゃけ、本当に神様なのかと疑ってすらいる。本性は邪神かなんかじゃねぇのか、コイツ。


「失礼ですね! ワタシは世界すべてを創造した、れっきとした神様ですよ!」


 ナチュラルに心読まないでください、人権侵害ですよ。


「……ま、まぁ、急いで作ったせいで、ちょ〜〜〜っと欠陥があったりしますが……」

「ポンコツ」

「だっ、だーれがポンコツですか! 消し飛ばしますよ!」


 ヤれるもんならヤってみろや。その場合、即刻転生するだけだけどな。


「ちょ、ちょちょちょっと! 神様相手にその言動はマズいんじゃないの!?」

「いいんだよ。このポンコツドジっ子神様は、このくらい雑な扱いでちょうどいい」

「ヒドい! 拗ねますよ!? 神様拗ねちゃいますよ〜!?」


 ぷんすこ、ぷんすこ。

 最初に出会った時の神々しい雰囲気は何処へやら。そこらの人間よりも人間らしい様子で、マキナは頬を膨らませていた。


「本当に神様なら、妻の──リクシルの居場所を教えて欲しいものだけど」

「それはダメです! 恋敵にわざわざ塩を送るような真似はできません!」


 いや、塩を送る以前に、既に勝負は決してるんだがな。

 もう結婚してるわけだし。


「本当のところは?」

「うぐっ……! ふ、不老不死というのは、世界から生まれたバグのようなもので……ですので、世界を統べる神様でもどうにもできないというか……つまり、リクシルさんの居場所はワタシにも分かりません……」

「ほら、ポンコツでしょ?」

「……確かに、ちょっとポンコツかも」

「うわぁぁぁぁ〜〜〜ん!!!」


 人目も憚らず、ギャン泣きをかます自称神様。泣き顔すらも美人に見えるのだから、末恐ろしい。

 というか、相変わらずメンタル脆いなコイツ。こんなんで神様なんてやっていけんのかね。


「それで、どうするの? リクシルさん、ココにも居なかったみたいだけど」

「次の場所行こっか」

「ぐすん……お気に入りのショタっ子が塩対応でツラい……」


 別に塩対応してるつもりは無いんだけどな。ポンコツ神様に対して適切な対応をしてたら、自然とそうなっちゃうだけで。

 あと、単純にこの場所に用事が無いってのもある。彼女が居ないって分かったのなら、さっさと次に行きたいのが素直な気持ちだ。


「ま、待ってください! 神様のお願いクエスト、受けてくれませんか!?」

「……報酬は?」

「むかしワタシが使っていた──えぇと、古代魔術を教えてあげます!」

「属性は?」

「土!」

「よし、受ける」

「はやっ!? あなたそれでいいの!?」


 いいんだよ。冒険者ギルドとかで受ける依頼より、数千倍価値のある依頼だから。

 こういうのは無駄に渋らず、押せ押せゴーゴーだ。


「よかったぁ……受けてもらえなかったらどうしようかと……」

「また最近ドジったの?」

「違います! ドジったのは創世記ごろの話です!」

「ドジったのは認めるんだ……」


 僕とマキナのやり取りを見て、シルヴァの目からは完全に尊敬の感情が失われていた。

 精霊から呆れられるって、相当だぞコレ。


「依頼は受けるから、詳細を教えてほしいんだけど」

「そ、そうですね! コホン──この湖の底に、不老不死の怪物・リヴァイアサンが住んでいます。レナトゥスには、それを倒してきてほしいのです」


 神妙な面持ちで説明をするマキナをよそに、内心でため息をついた。

 また不老不死か、と。


「世界のバグに翻弄され過ぎじゃない? 神様のくせに」

「う、ううううるさいですね!!!」


 思わず嫌味をぶつけてみれば、たいそう大慌てで悪態をつくマキナの姿が見れた。

 普段から頑張ってミステリアスな雰囲気を演出してるのに、ちょっと小突くだけですぐにボロ出るの、やっぱり面白いよな。


「あの頃はワタシも未熟で、生物とかどう作ればいいかわからなかったんだもん……」

「だもん、じゃないから」


 後始末をするこっちの身にもなってくれ。まぁ、不老不死のバケモノなんて、普通の人間の手に負える代物じゃないってのは分かってる。

 餅は餅屋だ。不老不死の対処なら、経験豊富な玄人に任せてもらおう。


「リヴァイアサンは、創成期にワタシが作った『原初の生命体』の一体です。最初は大人しく、優しい子だったのですが……気がつけば、世界を洗い流す怪物になっていました」


 神様の昔話を聞きながら、着ていた服を脱ぎ捨てる。


「この子のせいで、二度ほどしたこともあります……どうか、世界にあまねく生命が安心して暮らせるように、彼女を──って聞いてますか?」


 パンツ一丁になってストレッチをすれば、それだけで泳ぐ準備は完了だ。


「聞いてる聞いてる。要するに、リヴァイアサンがこれ以上悪さしないようにすればいいんでしょ」

「そ、その通りですけどぉ……」


 この世界が何度も破壊されて、その度にマキナが再生させてるってのは知ってる。

 それに合わせて、生物が繁栄と衰退を繰り返してるってのも。今は徐々に繁栄している時期だ。


「はわわわ……!」


 あと、なんかシルヴァが両手で目を覆って、あまつさえ顔を赤くしてる。

 指の隙間からガッツリ見てるけど、精霊にも性欲ってあるんだろうか。


「それじゃ、ちょっと行ってくる。荷物の見張りは頼んだよ」

「あっ、ちょっ、ちょっと!」


 二人を湖畔に残して、そのまま勢いよく湖の中に飛び込む。

 さて、不老不死のバケモノに会いに行こうか。

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