第6話

 数分後。

 射殺さんばかりに睨みつけてくるシルヴァをなだめ、なんとか魔石の中に入ってもらう事に成功した。


「さてと」


 いつまでも森の跡地に居座ってるわけにはいかない。時間は有限な訳だし、さっそく次の秘境へ出発しなければ。

 倒木の下敷きになってたリュックも何とか回収したし、出発準備はオーケーだ。強めの防護魔法かけといてほんと良かった。


「窮屈じゃないかな、シルヴァ」

『…………』

「えっと……もしよかったら、魔女とかが住んでそうな秘境を教えてもらえると助かるんだけど……」

『…………』


 森の出口に向けて歩きながら、魔石に向かって話しかけてみる。しかし結果は芳しくない……というか、あからさまに無視されている。

 困ったな、どうすれば機嫌を直してくれるだろうか。


(リクシルなら、美味しいご飯を作ってあげればすぐに機嫌が良くなったけど……精霊はご飯とか食べないしなぁ)


 精霊の主食は魔力だ。シルヴァの場合は、契約者である僕の魔力を食べている。

 人間のように、何かを食べたりする精霊は居ない。何事にも例外はあるから、断言はしないけど。

 実際、人間と同じものを食べる精霊に会った事あるし。


「しょうがない。予定通り『デーヴァ湖』に向かうけど、シルヴァもそれでいい?」

『…………』


 お願いだから会話をしてくれ。ディスコミュニケーションは何も生まないんだぞ。この三千年の間でも、人と話してる時が一番楽しかったし。

 そういえば、ステラ師匠は元気だろうか。あの人は放浪癖が強いから、いつか秘境でバッタリ出くわすかもしれないな。


「よっと」


 倒木の上を渡り歩き、ようやっと森から出ることができた。こうして見ると、だいぶ広かったんだな、この森。

 この広さを森林に変えて、しかも巨木に成長させるとか、やっぱり不老不死の力は規格外だな。


「お別れの挨拶とか、しなくていいの?」

『…………』


 森の出口に立ち、シルヴァに話しかける。すると魔石から光が溢れ、シルヴァの姿が現れた。

 無言のまま膝をつき、両手を合わせている。その横顔は、とても寂しそうに見えた。


「……行きましょ」

「もういいの?」

「ええ。あんまり未練たらたらでも、あの子達に怒られちゃうだろうし」


 あの子達とは、おそらく森に住んでいたモンスター達のことだろう。

 最初に会った時も、シルヴァはモンスターの心情が分かるような口ぶりをしていたし。


「家族だったんだ」

「……そうね、家族……だったのかもね」


 精霊にとって、人間やモンスターは違うカテゴリの生命体だ。人間は魂を主とし、モンスターは肉体を主とし、精霊は魔力を主としている。

 しかし、どれだけカテゴリが違おうとも、心を通わせることは出来る。シルヴァにとっては、間違いなくこの森のモンスター達が家族だったのだろう。


「ん……?」


 パキリ、と細い枝が鳴る音。

 反射的にそちらを振り向いてみれば、そこには木の実を抱えるリス型モンスターの姿があった。


「あ……」

「行っちゃったね」


 しかし、姿が見えたのはほんの一瞬で、リス型のモンスターはすぐさま枯れた森の中へ姿を消した。

 もしかして、シルヴァに顔を見せに来たのか。律儀なモンスターも居たもんだな。


「これからは不老不死コレの力に頼らなくても、豊かな森が出来そうだね」


 瓶に詰まった『燃え盛る灰』を眺め、僕はこれからの未来を呟いた。


「ええ、そうね……って!」


 立ち上がったシルヴァが、驚愕の表情で二度見をかます。芸術的すぎる二度見だったな。


「なんでその灰持ってきてるわけ!?」

「いや、ずっと燃えてるか確認してないと危険だし」


 一部とはいえ、こうして携帯してれば本体の状況も分かりやすいし。

 黒い炎は決して消えない魔法だけれど、この世界に絶対は無い。この三千年間で、身に沁みて味わった教訓だ。


「まぁ、この灰を持ってることで、別の面倒事が起きそうな予感はするけど……」

「だったらなおさら捨てなさいよ、その灰!」


 だからダメだって。

 そこらに捨てたら、それこそ面倒事の種になる。こうして自分で持っておく事が、最善の予防策なんだよ。


「さぁて、今日も元気に探そっかー」

「話聞きなさいよ! ねぇ! ねぇってば!」


 騒がしい同行者も増え、妻探しにも一層気合が入る。

 晴れ渡った空のもと、僕たちは秘境『バーハ森林』を後にするのだった。

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