第5話

「終わったよ、シルヴァ」

「…………」


 未だ燃え盛る灰を背にし、へたり込んだシルヴァの元へ歩み寄る。

 肝心の依頼主は、ボーッと僕の顔を見上げていた。


「強いとは思ってたけど、ここまで強いなんて……」

「そりゃまぁ、年季が違うし」


 日常生活で全力パワーを見せつけるバカがドコに居るんだって話だ。

 平時は力を抑え、戦いの時だけ解放する。これが周囲と余計なトラブルを起こさず生きていく秘訣だ。


「百年前に訪れた勇者でさえ、まったく歯が立たなかったのに」

「勇者? あー、んー……? なーんか聞いたことあるような……?」


 三回前の転生……いや、二回前だったかな? ちょっと前の人生で、勇者が魔王を討伐するため旅に出た、って噂を聞いた事がある。

 あの頃はなんかもう、無気力でダラダラした人生送ってたからなぁ……一念発起して本当に良かったと思ってるよ。


「やっぱり、人間誰しも目標がないとダメになっちゃうもんなんだね……」

「なんの話?」

「いや、ただの独り言」


 ちょっと昔を懐かしんでただけ──いや昔、昔かぁ。今の森に人間が住んでいなくとも、昔の森になら住んでいたかもしれないな。

 この森がいつから存在しているのか、バハムートはいつ頃から眠っていたのか。色々と気になるし、ちょっと訊いてみるか。


「ところで、シルヴァはいつからバハムートを眠らせてたの?」

「え、なによ急に……この森ができた頃からよ」

「あー、具体的に何年前くらい?」

「知らないわよ。人間の暦なんて知らないし」


 まぁ、そりゃそうだよなぁ。

 精霊にとって人間の文化は、馴染みが薄いし。


「ん? というか……その言い方だと、バハムートと一緒に森が誕生した、みたいなニュアンスだけど」

「そうよ? この森はバハムートと共に育ったの」


 ん?


「ちょっと待って、それってつまり──」


 その瞬間。僕の言葉を遮るように、背後で大木の倒れる音がした。

 それだけじゃない。ミシミシ、メキメキ、という異音が、そこら中から聴こえてくる。


「な、何!? 何が起きてるの!?」


 水よ、集まれヒュドール


「シルヴァ! 僕から離れないで!」


 近くにあった小さい身体を抱き寄せ、水魔法を展開する。常に対流する水のドームを形成し、大木の倒壊に備えた。

 数秒後、水のドームにものすごい衝撃。そして周囲が暗がりに包まれる。


「質量攻撃はダメだって!」


 心臓止まるかと思ったわ、マジで。いくら僕でも、このレベルの大木が無数に降ってきたら、そりゃ潰れる。

 どんな敵にもだいたい有効なのが質量攻撃だからな。でっかくて重い物をひたすら投げつければ、あっという間に相手は死ぬんだよ。


「お、収まった……?」

「みたいだね……」


 音と衝撃が止んだことを確認してから、ホッと一息つく。

 水を対流させといて正解だったな。ただ水を張るだけだったら、間違いなく潰されてた。長年の経験が役に立ったわけだ。


「怪我とかしてない?」

「え、ええ……」

「ならよし。ともかく脱出しようか」

「は……? ど、どうやって……?」

「こうやって」


 怪訝な顔をするシルヴァを尻目に、真上に向かって圧縮した水魔法を発射し続ける。

 人が入れるくらいの噴水をイメージしてもらえると良い。これで倒木の上まで脱出だ。


「はい、入って」

「えぇ……」


 意を決してその中に飛び込めば、すごい勢いで上昇して倒壊した木々の中から脱出することが出来た。

 見た目としては、完全にクジラの塩吹きだ。

 

「あだっ!?」

「よっと」


 結構上に飛んだが、そのまま問題なく足から着地。シルヴァは顔面から着地してたが。

 精霊のくせにどんくさいな、こいつ。


「こりゃひどい……森の木が全部枯れてる」


 見渡す限り、一面の倒木だらけ。まるで嵐でも来たんじゃないかって有り様だ。

 いや、嵐よりよっぽど酷いか。何せ立ってる木が一つも無い。完璧に森が無くなっている。


「う、嘘……どうして森が……」


 改めて見ると、ココの木々って不自然に大きいんだよな。おそらくバハムートから漏れた不老不死の力が、木々たちに作用して巨大化してしまったんだと思う。

 そして今、バハムートは死に続けている。つまり、木々にまったくエネルギーが送られていない状態なわけだ。


「ごめん、シルヴァ。もっと考えて行動すべきだった」

「……謝らないで。あいつが目覚めたら、どのみち森も世界もこうなっていたわ」


 巨大な倒木の上でへたり込み、俯くシルヴァ。その背中には色濃い悲壮の雰囲気を漂わせていた。

 無理もないか。人間で言えば、長年住んでいた国が一瞬で滅んだようなものだもんな。絶望感は計り知れないだろう。


「ぁ……」


 か細い声で、シルヴァが鳴いた。


「手が……」


 徐々に透けていく自分の手を見つめて、絶望の表情を浮かべるシルヴァ。よく見れば、脚も透けて消え始めていた。

 精霊とは自然より生まれ、自然と共に生きる存在だ。つまり、この森の精霊であるシルヴァは、生まれた森が無くなった瞬間、世界に存在できなくなってしまう。


「……まぁ、しょうがないわね……わたしはあのバケモノを外に出さないための存在……役目を終えれば、消える運命だもの」


 なので、消えなくてもいい選択肢を提示するとしよう。


「ねぇシルヴァ、僕と一緒に来ない?」

「え……?」


 そう告げて、僕は懐から小さな魔石を取り出した。

 色は鮮やかな琥珀色で、どこまでも透き通っている。


「ちょっと小さいけど、最高純度の魔石だよ。精霊が入るには申し分ない品だと思うんだ」


 シルヴァが消えてしまうのは、依代となる森が無くなったから。だったら、新しい依代を用意してあげればいい。

 僕は彼女の意思を尊重する。生きるか、死ぬか──どっちを選択しても、僕はそれを肯定する。


「いい、の……?」

「もちろん」

「なんで……出会ったばかりのわたしに……?」

「出会ったばかりだから、かな」


 三千歳にもなると、周囲の人にお節介を焼きたくて仕方なくなっちゃうものなんだよ。

 孫に甘くなるジジイの心境に似てるかもしれない。


「人間の中にも、お節介で人を助ける変人がいるって事さ」


 手のひらに乗せた魔石を、そっと差し出す。


「…………」


 消えかかっている手を動かし、シルヴァは恐る恐る魔石に触れた。


「きゃっ!?」


 その瞬間、シルヴァの身体が光の粒子に変化し、魔石の中に吸い込まれていく。

 数秒もせずに、その場から彼女の姿が掻き消えた。


「我、新たなる精霊、シルヴァの主たらんとする者──レナトゥス」


 淡く発光する、琥珀色の魔石。

 それを握りしめ、契約の儀を執り行う。


「我が魔力を糧とし、我が存在を楔とし、この世界に留まることを許されよ」


 周囲に吹き荒れる風。そして、鼻を突く緑の匂い。

 シルヴァとパスが繋がった証拠だ。


「ふぅ……」


 額から垂れる汗を拭い、握り込んだ手を開く。掌に乗った琥珀色の魔石は、鮮やかな翡翠色に変わっていた。

 魔石を掲げ、魔力を込める。すると内部から光の粒子が溢れ、人の形に集まっていった。


「わわっ──あ……えっと、その……あ、ありがと……」

「どういたしまして」


 光が収まると、そこには先程と同じ姿をしたシルヴァが立っていた。

 五体満足で、どこにも欠損した部位は見当たらない。どうやら、お引っ越しは無事に終わったようだ。よかったよかった。


「んっ!?」


 かと思えば、シルヴァは驚愕の表情で自分の身体を見下ろしている。

 主に視線が集中しているのは、随分と豊満になった胸部だ。


「……ね、ねぇ、これどういう事……?」

「あー、たぶん魔力の質が変わったせいかも」


 この世界の大気に満ちる魔力は、様々な物体や概念に触れることで変質する。自由に形の変えられる粘土みたいなもの、だと思ってくれればいい。

 特に、人間のイメージには敏感だ。おそらく、僕の思考がちょっぴり反映されてしまったのだろう。


「足元まったく見えてないんだけど!?」

「ナイスおっぱい」

「めちゃくちゃ身体のバランス取りづらいんですけど!?」

「見た感じ、お尻も盛られてるね」

「なんで身長は前と一緒なのよ!! せめてバランスよく大きくしなさいよ!!!」

「ロリ巨乳って最高だと思わない?」


 うん……イイね。白のワンピースが前に引っ張られて、お腹との間に隙間が出来てるの最高だね。

 乳カーテンの亜種だろうか。とても魅力的だ。


「だけど、ごめん……僕にはみさおを立てた妻がいるから……浮気を疑われちゃうような行為はちょっと……」

「え!? 何コレわたしが悪いの!? おかしくない!?」

 

 ギャンギャンと猛犬のように騒ぎ立てるシルヴァから、少し距離を取る。暴れる度に大きくなった胸が揺れて、ちょっと直視できそうにない。

 妻以外を抱くつもりは無いが、それはそれとして人間らしく興奮はしちゃうので。


「もう最っ低……! こんな事になるんだったら、消えたほうがマシだったわ……!」

「まぁまぁ、そう言わずに。生きてればいい事あるよ」

「元凶のアンタがそれ言う!?」


 ごもっともすぎるツッコミを受けて、口を噤む。

 こういう時は黙っているのが一番だ──沈黙は金なり、ってね。

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