第4話

「あれが?」

「そう……モンスターとも違う不老不死のバケモノ──バハムート」


 シルヴァと出会った場所から、更に奥深く。

 森の最深部に、そいつは居た。


「見た目はドラゴンっぽいけど……」

「中身は別物よ。今は私の魔力で眠らせてるけど、それもあと半年と持たない」


 木の陰から、そいつの様子を伺う。

 黒いドラゴン。大木のような太い尻尾に、大人の背丈を有に超える翼。どこを見ても、巨大という言葉が相応しい。


「あいつが目覚めたら、この森は……いいえ、この世界は焦土と化してしまうわ」

「なるほど」


 不老不死なだけじゃなく、ちゃんと強いらしい。それは楽しみだ。


「よし、じゃあパパっと処理しよっか」

「ちょっ、本気!? あいつはどんな怪我を負っても、一瞬で再生するのよ!?」


 知ってるよ。不老不死との戦い方は、この世の誰よりも心得てる。

 ま、心配するな。夫婦喧嘩で鍛えた不死殺しの腕前、見せてやるさ。


「魔力を解除して」

「もう……どうなっても知らないからね!」


 リュックを下ろし、一歩、バハムートの方へ進み出る。

 それと同時に、周囲に漂っていた魔力が掻き消えた。


「────」


 パチリ。

 今まで閉じていた瞳が開いて、爬虫類のような眼がこちらを睨みつけた。

 どうやら、寝起きはいいタイプらしい。


「さーて、丸腰でヤるのは初めてだけど──どこまでイケるかな?」


 準備運動をしながら、巨大な身体を仰ぎ見る。不意に、バハムートは翼を羽ばたかせた。

 それだけで、凄まじい風が周囲に吹き荒れる。


「シルヴァ、森の中で暴れないって約束は守れそうに無いけど、いいかな?」

「いいから! そんな約束どうでもいいから! 早くあいつを何とかしてー!」


 吹き荒れる風の中、木にしがみついて何とか吹き飛ばされまいと耐えているシルヴァ。

 あっ、またワンピースの中見えた。ごちそうさまです。


「──────!!!」

「さてと、ブッ飛ばすか」


 両脚に魔力を籠めて、そのまま跳躍する。


「そー、りゃっ!」

「ッ!?」


 荒れ狂う風の中を突っ切って、左頬に挨拶代わりの右ストレートをお見舞いした。

 硬い肉を殴り抜いた感触が、ビリビリと右拳から全身に伝わってくる。


「硬っ……!」


 今まで相手にしてきたドラゴンより、だいぶ硬い。こりゃシルヴァがバケモノって呼ぶわけだわ。


「うぉっ!」


 いつの間にか目の前に迫っていた尻尾を、間一髪で躱しきる。

 流石に、あの一撃を貰うのはヤバい。頭に当たったら気絶しかねないからな。


「イイねぇ、ノッてきた!」


 水よ、集まれヒュドール


「水の剣!」


 生み出した水を魔力で無理やり成型し、水の刃を作りあげる。結構かっこよくて、お気に入りの戦法だ。

 刀身の長さが自由自在っていうのも、かなりポイント高い。


「そらっ!」

「──────ッ!?!?!?」


 目一杯に刀身を伸ばして、そのまま縦に振り抜く。その瞬間、バハムートの尻尾は根本から輪切りにされた。

 うーむ、我ながら惚れ惚れする切れ味だ。やっぱり剣にするなら水に限る。炎や風だとムラが多くてな。


「────!」

「おぉ、流石は不老不死」


 輪切りにした尻尾が、一瞬で生え変わる。まるで時間が巻き戻ったかのようだ。

 これが不老不死。いくら傷を負おうとも、いくら時が流れようとも、決して滅びない不滅の存在。


「ま、だから何だって話だが」


 地面に着地し、体勢を立て直す。

 コイツにはどんな攻撃も無駄。この強さなら封印するのも無理だろう。

 だとすれば、打つ手は一つ──再生しないようしか無い。


「キミに恨みは無いけど……世界のバランスを守るため、消えてもらうよ」


 黒き炎よ、灯れフラマ・ノクス


「暴れないってんなら、別に良かったんだけどね」


 不老不死ってだけなら、殺し続ける理由もなかった。

 だが、コイツは本能のままに世界を焼き尽くす邪悪だ。そいつはちょっと、看過できない。ハネムーンでの旅行先が、全部焦土とか御免被る。


「さよなら、バハムート」


 指先に灯った小さな炎を、弾丸のように発射させる。

 木々の隙間を縫い、翼と尻尾の間を縫い、炎は寸分の狂いなく胴体に着弾した。

 チェックメイトだ。


「──────ッ!?!?!?」


 次の瞬間、バハムートの全身を黒い炎が覆い尽くした。肉の焦げる匂いと、竜の絶叫が森中に木霊する。

 対象を焼き尽くすまで消えない、黒い炎。それは例外なく、


「──────!!!!!」

「無駄だよ」


 いくら焼け焦げた部位を再生しようと、決して消える事は無い。周りを巻き込もうとしても無駄だ。その炎は魔法を受けた対象にしか効果がない。

 つまり、僕や木々には燃え移らない。例え灰になろうと、その炎は消えない。一生燃え続けるといい、不老不死よ。


「すごい……」


 木の陰から覗くシルヴァが、呆然とバハムートを見上げている。黒い光に照らされた彼女は、とてもキレイな横顔を覗かせていた。

 どこか、妻を思い起こさせる横顔だった。


「──────ッ!!!」

「おっと」


 不意に、バハムートの爪が振り下ろされる。

 なるほど。術者を殺せば術が解けると踏んで、一か八かの特攻を仕掛けに来たか。

 その爪を水の剣で受け止め、弾く。そのまま刀身を伸ばし、腕と脚を切り落としてダルマにしてやった。

 切り口にすかさず炎が纏わりつき、再生を阻害する。


「大人しく眠っててくれ。不老不死は──彼女だけでいい」


 最後に首と尻尾を斬って、完全な無力化に成功。これで戦闘は終わった。

 そこからは黒い竜が『燃え盛る灰』となるまで、静かに成り行きを見守るのみだった。

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