第3話

「ふぅ、ここならどうかな」


 ライン地方の北部に位置する秘境『バーハ森林』。

 人の手がまったく入っておらず、鬱蒼とした雰囲気は如何にも魔女の住処らしい。


「今まで結構探したけど、掠りもしなかったからなぁ……今回は手がかりくらい見つかると良いんだけど」


 これまで何ヶ所も魔女の住んでそうな秘境を探索したが、そのどれもがハズレだった。

 凶暴なモンスターが住み着いてたり、違う魔女が住み着いてたり。今度こそは、と意気込んでは空振ってを繰り返してきた。


「まぁ、簡単に見つかるなんて思ってなかったけどさ」


 リクシルも不老不死とはいえ人間だ。この世界の何処かには居るだろう。流石に別次元へ引き籠もったりはしてない……と、思う。

 いや、彼女けっこう人見知りするタイプだし、その可能性も無くはないのか。一応、頭の片隅に入れておこう。


「よっ、と」


 川を越え、崖を飛び降り、森の奥深くに潜っていく。

 今のところ、襲いかかってくるような高レベルのモンスターは居なさそうだ。人間よりも、モンスターの方がよっぽど利口と見える。

 遠巻きに見てくる小さなモンスター達に、ひらひらと手を振る。


「あらら……」


 すると、一目散に逃げられた。

 そんな必死の形相で逃げなくてもいいじゃん……流石に傷つくぞ。


「モンスター達から見ると、今の行為はドラゴンが舌なめずりしたようにしか見えないわね」

「お?」


 不意に、頭上から声が掛かる。女の子の声だ。


「珍しい、人間がこんな森の奥まで入ってくるなんて」


 頭上に伸びる木の枝に、その子は立っていた。

 森と同化するような緑の髪に、翡翠を嵌め込んだような緑の瞳。そして服装は、ふわりとした白のワンピース。

 話しかけられるまで、気配をまるで感じなかった。というか、こうして相対しても存在感が薄い。


「君は……精霊だね」

「そういうあなたは、何者?」

「ただの人間だよ」

「ふぅん」


 目を細めて、僕に視線を向ける森の精霊。

 どうやら品定めされてるみたいだ。


「名前はあるのかな」

「無いわ。必要ないもの」

「じゃあ僕が付けてあげよっか」

「いらない。余計なお世話よ」


 こちらからコミュニケーションを取ろうとしたのだが、にべもなく一蹴されてしまった。

 相当に気難しい性格の精霊らしい。まぁ、精霊は多かれ少なかれ、みんな気難しいが。


「えっと……質問があるんだけど、答えてくれるかな」

「あなたがこの森で暴れないって約束するなら、考えてあげる」

「暴れない暴れない。僕は見た目通りの、穏やかな平和主義者だからね」

「ヘドロみたいな魔力垂れ流しながらよく言うわね……」


 ヘドロとは失礼な。過去一千回以上の転生の影響で、ちょーっと不純物が混ざってるだけだっての。


「ま、いいわ。私じゃ逆立ちしたってあなたに勝てなさそうだし、質問には答えてあげる」

「ありがとう、シルヴァ」


 ピクリ、と彼女の眉が動く。


「……何よ、シルヴァって」

「え、君の名前」

「何勝手に命名してんのよ! 名前なんていらないって言ったわよね!」

「いや、だって名前がないと不便だから」


 主に僕が。

 いちいち森の精霊とか呼んでらんないからね。この世界にどんだけ森の精霊が存在すると思ってんだ。


「はぁ……で、質問っていうのは?」


 諦めたのか、僕の機嫌を損ねるのはマズいと思ったのか、シルヴァはそれ以上何も言わなかった。

 代わりに、木の枝に腰を下ろす──あ、ワンピースの中見えた。どうやら、精霊には下着をつける習慣は無いらしい。


「ごちそうさまです」

「なんで両手合わせてんのよ」


 いやぁ素晴らしいものを見せてもらったからには、感謝の意を示さなきゃならんと思って。

 と、話が脱線しすぎたな。本題に戻らなければ。


「それでえっと、質問なんだけど……ここに不老不死の魔女が住んでないかな?」

「いないわ」


 ズバッと。僕の質問は一刀両断されてしまった。


「というか、この森に人間は住んでない」

「そっかぁ……」


 アテが外れてしまったな。

 さて、次はどこを探そうか。


「でも」


 そんな僕の思考を遮って、シルヴァは口を開く。


なら、いるわよ」

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