第87話 Better tomorrow(7)

「・・あたし。 そのお見合いから帰ってから父に言ったの。 『あたしはあの人をお母さんだなんて呼べないから』って。」



香織はふうっと息をついた。



樺沢は彼女の話を黙って聞いていた。



「別にね、その人が気に入らないとかそんなんじゃなくて。 自分のお母さんにはなってほしくなかったんだよね。 お父さんの奥さんってことはわかるけど、自分の母親じゃないって頑固に思ってた。 素直じゃなくてね。 すっごくヒネた子供だったのよ。 ・・ま、思春期ってこともあったのかもしれないけど、絶対にお母さんとは認めないって父に言っちゃったの。」



少女の頃の彼女の



言い表せない複雑な想いが手に取るようにわかってしまった。



「・・父は。 再婚のことはその後は一切口にしなくなっちゃった。 それからね。 ずっと独身を通して。 それにものすごく罪悪感を感じてた。 あたしは一生父のそばにいれるわけじゃないのに、このまま寂しく一生を終えるのかなって。 そしたらあたしのせいだって。 余計に父親に申し訳なくて。」



こうして彼女が自分のことを話してくれるのは珍しかった。




「ハル見てるとね。 なんだかその時の自分の気持ちを思い出しちゃって。 お母さんはきっとどんなお母さんでもお母さんなんだよ。 あたしにその代わりができるわけもない、」



香織はワイングラスに両手で包み込むようにそっと触れた。



「カバちゃんがあたしのことを真剣に考えてくれることは嬉しいけど。 子供はけっこう・・いろいろ考えてるんだよ。 大人以上に、」



そして寂しそうに笑った。



彼女にもっと安心できる言葉をかけてあげなくちゃいけないのに。



樺沢はそう思えば思うほど何も言えなかった。





「カバと暖人も一緒に行くんやって? 実家、」



志藤は香織から有給休暇願の書類を手渡されて、さっと見た後ハンコを押して彼女に返した。



「もう。 情報早いんだから、」



香織は苦笑いをした。



「でも。 遊びに行くだけだから。 ほんと『田舎』って感じで。 自然だけはあるから。 ハルも楽しみにしてくれてるし。  あ、そんなイミシンとかじゃないからね、」



「なんも言うてへんやん。 ま、ゆっくりしてくれば。 親孝行もせなアカンし、」


志藤は笑顔で彼女に言った。




少しずつ



二人の間が変化している



志藤はそれを感じ取っていた。




鈍行でも行けるけど



暖人に乗せてやりたいと思い高崎まで新幹線で行った。



「お~~、はやい、」



生まれて初めて新幹線に乗った暖人はもう窓にへばりつきっぱなしだった。



「高崎まではすぐだけど、そのあともう1本電車に乗るからね。 めんどくさいから高崎って言ってるけど、ほんとはローカルで2駅のトコだから、」



香織は樺沢に言った。



「人に聞かれるとめんどくさいからその辺の地名を言っちゃうんだよな、」



彼も笑った。



本当に



家族旅行のような光景だ



と香織は他人事のように思っていた。



そして高崎でローカルに乗り換えて2駅。



そこからまた歩いて20分だが、絵に描いたような田園風景が広がっていた。



「まだよくなった方よ。 あたしが子供のころはこの辺舗装もしてなかったし。 店もできたし。 便利になった。 車がないと生活できないトコだけどね、」



香織は懐かしそうに家までの道のりの風景を見回した。

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