第86話 Better tomorrow(6)
「・・きちんとつきあっている人なのか、」
父はもうそれだけで
その男が何をしに来るのかを察して少し険しい声で言った。
「もちろん。 きちんとつきあっているわよ。 それでその人・・子供がいてね、」
「えっ!!!」
それにはさすがに絶句してしまった。
「小学校1年生になる男の子なんだけど。 奥さんと離婚した後、5歳になったころから引き取って一緒に暮らしてるの。 もちろん彼の籍に入って。 その子が来たころから知ってるけど、ほんっとね・・いい子なの。 かわいくて、穏やかで。」
香織は父が驚くことは想定内だったので
わざとゆっくりと落ち着いて話をした。
「子持ちって・・おまえ、」
「あたしは。 この年でつきあう人はやっぱり結婚を考えられる人かなって思った。 正直、子供を引き取るって聞いたときは・・考えちゃったけど。 でもね、本当に健気ないい子で、」
香織は必死に父にわかってもらおうとした。
「3歳のころ離婚して父親に去られて。 その後母親が再婚することになって、相手の人の事情で今度は父親に育てられることになったの。 親に不信感を持っても仕方がないのに、まっすぐで全然ヒネてなくて。 なんとか支えてあげたくて。 ずっとそう思ってた。 もちろん今は結婚なんかできないけど、彼がお父さんに挨拶をしたいと言ってくれて。」
話をするだけで
胸がいっぱいになり涙が出そうだった。
「彼もその子も。 あたしにとっては大切な人なの。」
しばらく黙ったままの父だったが
「・・こっちに泊まってもらいなさい。 支度はしておくから、」
小さな声でそう言った。
香織は重い荷物を肩からおろしたような気持ちになった。
「ありがとう、」
照れくさくなって少し微笑んで言った。
「え~? かおりちゃんのいなかにいくの~?」
「うん。 そうだよ。 なんにもないところだけどね。 ハルの好きな虫もいるし、近くに川もあるから川遊びもできるし。 庭だけは広いからサッカーもできるよ、」
「わー、たのしみ~!」
嬉しそうに飛び跳ねる暖人がかわいくて
香織はふざけて後ろから抱きしめた。
「お父さん、おれのこと話したとき驚いてたろ、」
暖人が寝た後に樺沢と香織は晩酌をしながら静かに話をした。
「まー。 さすがにね。 でも娘が36にもなって独りって方が心配じゃない? お父さんには今まで男手ひとつで育ててくれて本当に感謝してる。 でも・・なんかね。 高校出たら家を出たくてね、」
香織はワインを少しだけ飲んだ。
「どうして・・?」
「東京に行きたいっていう気持ちもあったけど。 なんていうかなー。 お父さんと離れたかったって言うか、」
腕組みをしてテーブルの上に乗せた。
父親を嫌っているわけではないのに
離れたかった、という彼女の言葉がきちんと理解できなかった。
「あたしが中学1年の時にね。 お父さんに再婚話があって。」
「え、」
「一緒の敷地に住んでるおばさんがね。 いい人がいるからって・・父に薦めにきたの。 お見合いみたいな席にあたしも一緒に行って。 うん、今思えば優しそうですごく良さそうな人だった。 お父さんも気に入ってたみたいだったんだけど・・」
香織はその時のことを思い出したようで
言葉に詰まった。
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