第85話 Better tomorrow(5)

「え? 旅行? あたしもいいの? 親子水入らずで行ってくれば? せっかくなんだから、」



香織は資料室で資料を探しながら、樺沢に言った。



「・・ハルが。 香織を誘おうって言うから、」



彼の言葉に手を止めて、ふっと振り返った。



「・・もしよかったら。 香織の田舎に連れて行ってくれないか、」



樺沢は資料室の隅に置いてある脚立に腰かけながら優しく言った。



「あたしの・・実家?」



「ずっと帰ってないって言っただろ? 休みをなんとか合わせて。 たまにはお父さんに顔を見せてやったら? きっと心配してるよ。」



「カバちゃん、」



「おれが香織の実家に行こうだなんて、図々しいんだけどさ。おれは。 香織のことを真剣に考えてるってことをお父さんに言いたいんだ。 ひとり娘だし、離れて暮らしているし・・・寂しいと思うし心配だと思う。 おれがこういう状況だから・・結婚はすぐにはできないけれど、香織をきっと幸せにするって言うから、」




香織は戸惑ったようにまた背を向けた。



「・・な、なんもないところだよ。 ほんと森に囲まれてて。 うちは、こんにゃくいも作ってる農家で。 土地だけは広いけど、・・田舎で、」



言葉がうまく出てこない。



つきあいはじめて2年がすぎ



いろいろあったけど、『結婚』をちゃんと口にされたことは初めてだった。



二人の気持ちが同じ方向に向かっていることはわかっていたので



別に焦ったりしていなかった。



今のまま



ハルと彼と3人で



楽しく過ごしていきたいって



なんの無理もなく思っていた・・



「ハルがさ、香織がいると楽しいからって。 香織が実家の近所で虫を獲ってたって話をさ、すっごく楽しそうにするんだよ。 あいつほんと虫が好きだから。 きっと自然がたくさんでいいところなんだろうなって、」



「ま・・コンビニくらいは・・あるけどね、」



冗談でも言わないと涙があふれそうだった。



父に電話を入れるのも何カ月ぶりかだった。



「珍しいなあ、おまえが帰ってくるなんて、」



そう言われても仕方がないくらい。



「・・8月の3日から4日くらいだけど、」



「ずいぶんゆっくりできるんだな。」



「うん・・・それでね。 一緒に連れて行きたい人がいるの、」



娘のその言葉に



父は押し黙ってしまった。



「ホクトの社長秘書をしている人なんだけど。 あたしより一つ年下で。 2年くらいおつきあいしていて。」



実家に



彼氏を連れていくことも初めてだったのでドキドキした。




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