第75話 Crescent(15)
「それに。 結婚したら香織は暖人の『お母さん』になるわけで。 福岡の母親のことは一切口にしないけど、やっぱり母親は一人なのかなあとも思うし、」
樺沢は暖人の気持ちを推し量ると
香織との結婚はどうしても踏み切れなかった。
「暖人が。 どう思うかが心配なんや、」
志藤は彼の言葉を総括して言った。
「まあ、そうだけど。」
「姐さんが今のままでええって思ってるなら。 それでええのと違う? 世間からなんと言われても。 暖人にとって姐さんは大切な人になっていってると思うで。 籍なんか紙切れ一枚のことや。 世間に堂々とできるってだけで、そうできない人たちはたくさんいると思う。 自分たちさえ揺るがなかったら・・それでいいと思う。 だって、もうおまえらほんまに『家族』みたいやもん。 傍からみると。」
志藤はいつもの無敵の笑顔で彼を見た。
悔しいけど
そう言ってくれると安心する・・
樺沢は自分が踏み切れないのに
それを肯定することを言われるとホッとする自分が
情けなかった。
「わー、かわいい!」
暖人はベビーベッドを覗き込んで顔が綻んだ。
「生まれたてだから。 湯気が出てそうだね、」
香織も笑った。
「にくまんみたい、」
ひなたはそれにウケた。
「すみません、お祝いなんて。 なんか頂くばっかりで、」
ゆうこはみんなにお茶を淹れて来た。
「いいのよ。 ほら、ゆうこちゃんは休んでて。 こんなのあたしがやるから、」
香織はゆうこを気遣ってお盆を取り上げるように持った。
志藤家に3人目の赤ちゃんが生まれた。
初めての男の子で、嬉しさも倍増だった。
樺沢と暖人と香織は休みに揃って志藤家にやって来た。
暖人はあきもせずずっとベッドの中の赤ん坊を見ていた。
「いいな~~。」
そしてボソっとつぶやいた。
「えー? あかちゃんがいいの?」
隣にいたひなたが言った。
「かわいいじゃん、」
「もうあかちゃんはこりごりだよ~~~。 ひなた、もういいよ・・」
子供たちのかわいい会話に大人たちはクスっと笑った。
しかし。
「え~? いいじゃん。 おれも。 おとうとがほしいなあ・・」
暖人のつぶやきに
そこにいた大人たちは固まった・・。
聞こえないフリをした樺沢だったが
「ふーん。 ねえ、おとうとほしいって。」
ひなたがわざわざ話しかけてきたので、逃げ場がなかった。
志藤もゆうこもひなたの余計なお世話に内心ドキドキしていた。
「そ・・そうかあ。 どっかに売ってればなァ・・あははははは・・」
彼の精一杯のセリフは
ギャグにも何にもならず
逆にシンとしてしまった。
「バカ・・」
香織は深いため息をついた。
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