第73話 Crescent(13)

「あ、ねえ。 入学式、どうだった?」



香織は昼休みの終わり近くに会った樺沢に声をかけた。



「あ? うん。 なんかおれのが緊張しちゃって。 ひとりひとり名前を呼ばれるんだけど、ちゃんと返事できるかなあとか、」



樺沢は嬉しそうに笑った。



「返事はできたの?」



「うん。 すっごく大きな声だった、」




なんだか感無量って顔に書いてあるくらいの表情だった。



いよいよ暖人は1年生になった。



「学校が終わったら、学校の近くの児童館で学童クラブに入ることになったから。 それで時間になったら集団下校でウチの実家まで帰ることになってて。 迎えに行く世話はなくなったけど、何だか一人で帰れるか心配で、」



樺沢は父親らしい心配を口にした。



「大丈夫だよ。 ハル、すっごくしっかりしてるもん。 この前のお休みのときも。 カバちゃんが仕事に行ったあと、あたしが来るまで2時間くらい一人でお留守番できてたし。 近くのコンビニなら一人で買い物にも行けるし。ああ、大きくなったなあって思うよ、」



香織もしみじみと言った。



暖人が東京に来て2年。



子供の2年は本当にすごい時間だって思う。



今までできなかったことがいつの間にかひとりでできるようになったりして。



そばで見ていても



その成長が感じられる。





「わ~~~。 ありがとう。 すっごいカッコイイ。」



香織は暖人の入学祝いに洋服と靴をプレゼントした。



「あしたはいていきたい、」



「いいよ。 どんどん履かないとハルの足が大きくなっちゃって履けなくなっちゃうもん、」



香織も嬉しそうだった。



「学童クラブ、楽しい?」



「ウン。 ほいくえんでいっしょだったみんなもいっしょだから・・・・。 このまえみんなでドロケイしたんだよ、」



「そっか、」



「もうおばあちゃんちからもひとりでかえれるっていうんだけど、おとうさんがダメって。」



実家からマンションまではほんの2~3分のところだが



今も樺沢が仕事から帰るまでは預かってもらっている。



それでも



以前よりは全く手がかからなくなり、母たちもホッとしているようだった。



「1年生の子が暗くなってから、いくら近くだって一人で歩くのよくないよ。 まだお父さんが帰って来るまではおばあちゃんのおうちにいなさい。」



香織は暖人の頭を撫でた。




小学校のサッカーチームにも入って



暖人なりに忙しい時間を過ごした。



小学校に入学してからの毎日は



本当にめまぐるしくて



以前よりも時間が経つのが早い、と樺沢は思うようになった。




「ハル、ユニフォーム、明日は青でいいの? ちゃんとしたくしておいて、」



樺沢は翌日の日曜日にサッカーの練習がある暖人に声をかけた。



「え、あしたはあかだよ。 あしたちょっとだけミニゲームやるってかんとくいってた。」



「そっか。 ええっと洗濯してあったかなあ。」



「ねえ、おとうさん。 『ようふく』?『よおふく』? 」



「は???」



暖人は学校の宿題の日記を書いていた。



「『ようふく』だよ。 ちゃんと間違えないで書くんだぞ。」



「そっか、」



ナニゲにその日記を覗き込んだ。



『みんなでながなわであそびました。 そのときころんでようふくがよごれてしまいました。 かおりちゃんからもらったようふくなので、すぐにおばあちゃんにおせんたくをしてもらいました。』




思わず目を凝らした。



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