第68話 Crescent(8)
「ふうん。 すごい人が来ちゃったんだあ、」
樺沢はラーメンをすすりながら言った。
「・・仕事的には助かってるんだけど。 あたしも初めてのことながらにクラシックのことも勉強して、ようやく沢藤先生や音楽事務所の社長さんたちとも懇意になれたかなーって思ったんだけど。」
香織の声のトーンは非常に低かった。
「でも香織も年末もすっごく忙しかったし。 仕事を分担してもらったと思えばいいんじゃないか?」
「まあ、ね。」
小さくため息をついた。
「なんや。 ちっとも進んでへんねんな。 もう結婚してたりして~~なんて思ってたのに。」
南は2年間という期間真太郎とともにNYへ行くことになっているのだが
本当にちょくちょく日本に一人で帰ってきていた。
真尋と絵梨沙がウイーンで生まれた息子・竜生と共に帰って来てからは
甥っ子かわいさにさらにその頻度が増し、
「なんか月2くらいのペースで帰ってきてるやん。 ジュニアに浮気されるで、」
志藤にはそんな風に言ってからかわれた。
久しぶりに相談相手が帰って来た香織は
南にこれまでの経過を説明するのだが
「ま、別にあたしたちはなんの変りもないよ。 ハルはもうすぐ1年生だけど。 この前はおじいちゃんにランドセル買ってもらったって喜んでたし。 今度は机買ってもらうって。 それでカバちゃんもそろそろ狭いからもう少し広い所に引っ越そうかなあとか、」
香織と樺沢の間は全く進んでいないことを告げ、彼女にがっかりされていた。
「んじゃあ。 その引っ越しを機に思い切って結婚とか。」
南は身を乗り出す。
「それはないよー。」
「だって。 暖人くんはかおりんにすっごく慣れてくれてるんでしょう? 1年生になれば前よりも少しは色んなことも理解してくれるやろし。 ますますお母さんが必要って年頃になってくるよ。 カバちゃんとかおりんの気持ちが変わってないんやったら・・」
「あんまり。 急ぎたくないの。 あたしはハルがすくすくと成長するのを見守るのが・・今は楽しいし、」
イケイケの南からしたら
香織のこののんびりとした気持ちは理解できずに
やきもきするだけだった。
志藤は今までなら自分を連れて外出するところも
全て斯波を連れて行くようになった。
まるで嫉妬をしているかのように
香織は何だかおもしろくない毎日を過ごした。
無口な斯波は最初はなかなか部署に溶け込めなくて
絵梨沙とひともんちゃくあり、そして
南が帰って来た時に歓迎会を開いてもらったものの、
そこで南と大ゲンカをしてしまい
いったいどうなることかと思ったが、
何とかみんなとうまくやっていけるようにもなっていった。
それは
彼がみんなに迎合していった、というよりも我々が彼のことをだんだんと理解していった、と香織も思うようになった。
「あ、まだいたの? もう9時じゃない、」
香織が外出して戻ると、斯波が一人で仕事中だった。
「少し・・やることが立て込んでいたので。 もうそろそろ帰ります。」
いつものようにボソボソと顔を見ずに言うだけだった。
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