第67話 Crescent(7)
「香織、」
テーブルに突っ伏して嗚咽を漏らして泣いてしまった香織に樺沢はどうしていいかわからなかった。
言いたいことはあるんだけれど
もう涙の方がどんどん出てきて止まらない。
このときから
香織の胸の中にある思いが
ほんの少しだけ芽を出した。
それは彼女も気づいていたのだが
まだまだ誰にも言えずに胸の中に留まるほどの
小さな
小さな
芽だった。
子供って
大人なんかよりもずっとずっと生命力にあふれてて
エネルギーをどんどん作り出して
強く強く育って行く。
「あれ? ハル、なんか背が伸びたんじゃない?」
休みの日、一緒に買い物に出た香織は並んで歩いていてふっと気づいた。
「え? そお? だってー。 もうすぐ1ねんせいだし!」
得意気に笑った。
もう年が明けたら1年生まではもうすぐだ。
香織と樺沢父子の関係は
特に何も変らずに進んでいく。
年が明けて少しした頃だった
「・・斯波です。 よろしくお願いします、」
一人の男が事業部にやって来た。
南も不在になり、仕事が増えてきた事業部のことを考え志藤は社員を増やすことにした。
オケのことも任せられるような専門の社員を、との志藤の希望で
懇意にしていたクラシック雑誌の編集部に以前勤務していた彼を紹介された。
彼の登場が
香織の仕事において『鍵』となった。
「斯波には企画からオケのチェックまでいろいろしてもらうから。 姐さんは営業の仕事一本でまたやってもらうことになるから。 南がいなくなったあと企画にも参加してもらって、ほんま忙しかったと思うけど。」
志藤は香織の激務を気にしていた。
「そんなの。 あたしは企画の仕事も楽しかったし、ぜんぜんつらくなかったよ、」
香織は明るく笑ったが
得も言えぬような斯波の圧倒的存在感に
何となく気後れしていた。
「ああ、打ち合わせはぼくが行きます。 向こうの音楽事務所には編集者をしていた時に何度もお会いしてますから。」
もともと
そういう性格なのだろうが
ニコリともせず淡々とした口調で斯波は香織に言う。
それがなんだかプロと素人の差を思い知らされてるようで
意味もなく落ち込むのだった。
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