第65話 Crescent(5)

「ハルは・・元気だよ。元気に毎日・・保育園に行って。 友達もできたし、楽しくやってるよ、」



樺沢が低い声でぶっきらぼうに答えた。



「そう・・」



元妻の美香はホッとしたように頷いた。



「今日、おまえに会うことは。 ハルには言わなかった。 もうハルに母親のことを思い出させるのは・・いやなんだ。」



どうしてもやりきれずに樺沢は彼女につらい言葉を投げかけた。



美香はやはりその言葉に顔を歪めて涙ぐんだ



「ひどい・・母親だと思ってるわよね。 あたし・・あの子を捨てたのと同じやもん。 あの人と一緒になりたくてハルを捨てたんやもん、」




ハンカチで顔を覆った。




彼女を責めて、こうして泣かせても



全く後味がいいものではなく



今は自分と暖人は幸せで



もう暖人なしの生活が考えられない。



樺沢はスーツの内ポケットから封筒を取り出し、彼女の前に出した。



最近撮った暖人の写真だった。



「なんか・・すっごく凛々しくなって・・。 すごくお兄さんになった・・」



美香はいとおしそうにその写真を手にした。



「ハルは。 申し分のない、いい子だ。 思いやりもあって、人の気持ちもきちんと考えられて。 でもな、それもおまえがそうやって育ててくれたんだなって・・思う。」



「・・駿、」



「今のハルの全ては。 おまえがおれと別れて一人で必死に暖人を育ててきてくれたからだって。」



美香はまた泣いてしまった。



「・・って。 言われた。」



樺沢はふっと笑った。



「え?」



「おれの・・『彼女』に。」



樺沢の意外な言葉に



美香は涙が止まってしまった。




「そう・・そういう人が、いたのね。」



香織のことを聞いた美香は少し複雑そうだった。



「本当に助かってる。 彼女が理解をして・・一緒に育ててるって感じで。 それでいて。 彼女は出過ぎないでいろいろしてくれるから、」



煙草を取りだそうとして



彼女が妊娠中であることを思い出し、辞めた。



福岡に赴任して



すぐに知人の紹介で知り合い、つきあって1年ほどで結婚した。



それでも



暖人が産まれてから、彼女が常にイライラするようになり



疲れて帰って来た自分に当たり散らし



言い争いが絶えなかった。



今思えば。



彼女の母親は父親の介護で。



初めての育児を助けてもらうことができず、



育児に悩み



それを打ち明ける人もなく



自分は仕事で家を空けることが多かったので、余計にその気持ちをぶつけるところがなかったのかもしれない。



彼女のそんな気持ちにひとつも気づかなかった。

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