第63話 Crescent(3)
その日
実家に寄った樺沢は母から手渡された香織からの手紙を黙ってじっくりと読んだ。
「なんかね。 彼女、もう35なんでしょう? あんたなんかとつきあってて。 婚期逃しちゃうんじゃないかしらって。 逆に心配になっちゃったわよ。 仁が言ってた通り、本当にしっかりした人なんだね。 ハルのこともよく考えてくれてるようだし。」
母が横から声をかけたが黙ってまだ読んでいた。
「ハルも慣れてるんだったら。 いっそのこと・・一緒になったら? ハルだってきっと、」
そこで初めて
「いや。 それはまだできないよ、」
樺沢は食い気味に母の言葉を遮った。
「おれも彼女がおれなんかと一緒にいることで、幸せを逃しちゃうんじゃないかって悩んだよ。 ほんっとにね、すごい人なんだよ。 彼女は。 姉御肌でみんなから頼りにされて。 そこらへんの男よりもよっぽど正義感に溢れてて、男前で。 仕事もできてね、事業部の本部長の片腕みたいな人だし。 明るくて美人で。 ほんっとおれなんかになんでこんな人がついてきてくれるんだろうって・・思う、」
樺沢は一気にそう言ってその手紙をテーブルに置いた。
「もしおれが今彼女にプロポーズしたとしても。 彼女がウンと言わないよ。 いっつもハルのこと考えてる。 今はおれとハルが普通の父子関係を築く大事な時だっていつも言ってる。 そこに自分が入るわけにいかないって。 ハルには父親がいて、おじいちゃん、おばあちゃん、おじちゃんがいて。 ちゃーんとハルを守ってくれる家族がいるんだよってことわかってもらう時期だって・・」
「でも・・彼女の気持ちを思うと。 なんだか『内縁の妻』みたいで。 不憫よ、」
「それ言われっと。 おれも胸が痛いんだから。」
逆に泣きたくなった。
暖人と樺沢、そしてその家族との絆は徐々に深まっていったが
樺沢と香織の関係は逆に『後退』しているようにも思えた。
二人きりのデートも
暖人が来てからは一度もなかった。
これでいいのか・・
と樺沢が迷っている間に
さらに時間は経ち
暖人が東京にやってきて、そろそろ1年になろうとしていたころ。
「え?・・福岡に?」
香織は昼休み樺沢から休憩室でいきなり話を切り出された。
「うん。 ま、出張だけどー。 そんで。 おれ、前のカミさんに連絡して。 会うことになって、」
「・・前の奥さんに、」
「ハルの近況も報告したいし。 写真も見せようかと思って。 最初はおれとは会いたがらなかったけどもうすぐ暖人の誕生日だからって・・向こうもハルにプレゼントを渡したいって言うから。」
「・・そう、」
香織は少し複雑そうに頷いた。
「え? 別に。 どうにかなろうとか思ってないから! もう何とも思ってないし!」
落ち込んでいる彼女に言うと
「は??? 別にあたし、カバちゃんが前の奥さんと会うのがヤなわけじゃないよ、」
思いっきり嫌な顔をされた。
「え、いいの?」
「だって。 どうなったって二人はハルの両親でしょ。 子供が成人するまでは子供のことでいろいろ話し合うのは当然。 来年はハルも小学生なんだし・・相談することだってあるじゃない。 それに。 向こうはもう結婚してんでしょ。 何考えてんのよ、」
呆れてそう言って紙コップのコーヒーに口をつけた。
「少しは妬いてくれると・・盛り上がるんだけどな~、」
逆に叱られて
樺沢はトホホな顔になった。
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