第61話 Crescent(1)
「え! かおりちゃんがきてくれるの?」
翌朝、起きてきた暖人にそれを言うと
すぐにパチっと目が覚めたように喜んだ。
「うん。 お父さんもおばあちゃんたちも仕事だから。 香織ちゃんは仕事をお昼からにして行ってくれるって。」
彼の朝食を用意しながら
樺沢も嬉しそうだった。
「しっぱいしないかなー。 まだうまくおどれないんだよね、」
「香織ちゃんをびっくりさせろよ~~。」
顔をくしゃっとさせて暖人は笑った。
暖人に
香織をどう思うか
という何気ない質問を一度もしたことがなかった。
その質問をしたら
彼がいったい何を考えるかが怖かった。
どう思うかを知りたい反面
『禁断』の質問のような気がした。
そしてお遊戯会当日。
香織は目立たない隅の席に座った。
保育園の遊技場の小さな舞台に上がった暖人はそれでも目ざとく香織を見つけた。
目が合って、暖人はちょっと恥ずかしそうに手を振った。
香織もビデオカメラを手にちょっとだけ振り返した。
子供が一生懸命に踊る姿をビデオに収める自分。
ひとんちの子に何してんだって
我に返ると思うけど
でも
まるで生まれた時からずっと彼を知っていたかのような気持ちにかられ
ここにいる全ての親たちが必死に我が子のかわいい姿を同じようにビデオやカメラに収めようとしている。
あたし
この人たちとおんなじことしてる。
なんだか可笑しかった。
「かっこよく踊れてたじゃない。 間違えなかったし、」
帰り際、香織は暖人の背中に手をやった。
「ほんとはちょっとだけまちがえちゃったんだけどね、」
そこに
「じゃあ、ハルくん。 ばいばーい。」
暖人が友達たちに声をかけられ、そしてその子の親たちも香織に小さく会釈をしていく。
それを愛想笑いで返すが
あの人はハルくんのなに?
なんて噂でもされてやしないか。
本当に来てよかったのか。
香織は色んなことを考えた。
「ハルくんのママ~~~~、」
後ろから声をかけられてびっくりした。
同じくらいの女の子が香織の背中をちょんと叩いた。
「えっ・・」
「こんど。 ハルくんとあそんでいい? うちのママもおいでって。」
何を言っていいのか困っていると暖人は本当に普通に
「いいよ。 こんどいく、」
とその子と約束をしていた。
香織はただただ何も言えずに立ち尽くすだけだった。
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