第41話 Sympathy(1)

「怒らないで、聞いてな。」



志藤はそっとデスクの上に手を組んで言った。



「え・・」



香織は彼の前に立ちハッとして見た。



「姐さんはさ。 今、どういう気持ちでカバとつきあってんの? 好きだから?」



一度彼女にどうしても聞いてみたかった。



「どういう気持ちって。 それは。 彼のことが・・好きだし、」



突然そんな質問で少し照れたように前髪をかきあげる。



「もし。 このままつきあっていったら。 カバと結婚したいって思う?」



どんどん踏み込んでくる志藤に



「それは・・わかんないけど、」



小さな声で答えた。



「ハルが現れる前は・・どうやった?」



「彼と一緒にいると楽しいし。 気兼ねなく男と女として付き合えるって思った。 結婚は正直考えなかったって言ったらウソになる。 ほんとは彼と結婚したらどうなるんだろうって想像したこともある。」



香織は本当の気持ちを志藤にぶつけた。



「ハルがカバちゃんのところに来た時。 最初は本当に驚いて。 これから彼とつきあっていけるのかって不安だった。 カバちゃんはまだ父親としてなんだか腰が座ってない感じだったし。 親子って言ったってほとんど初対面みたいなもんだし、ハルも懐かないし。 すっごくよそよそしくて。そんな二人が見ていられなくなって。 カバちゃんは実家の両親の助けをなるべく借りないで自分ひとりでハルを育てようって頑張ってる。 そしたら自然とあたしも力になりたいって思えたの。 もちろんハルはかわいいし。 そうだなあ・・今は、ハルのために何とかしてあげたいって思うのかも、」



そして



フッと笑った。



「志藤さんも知ってるとおり。 あたしは母親を覚えてなくて。 でも父や祖母や叔父さんたちがいてくれたから・・あんまり寂しいって思ったことなかった。 でも、大きくなるとね。 『ウチはなんでお母さん死んじゃったんだろう』って、思うようになって。 お母さんが羨ましいっていうよりも、なんだか『不完全な家族』なんじゃないかって卑屈に思っちゃったり。 子供はね、親が思うよりもずーっとナーバスなんだよ。 ウチはお母さんが死んじゃったんだから、しょうがないって思うしかないんだけど。 どこかでやっぱり引け目を感じてる。 だけど、それを父に見せたらいけないって子供心に思うのよね。 ハルを見てると、すっごくその頃の気持ちを思い出す。 同情って言われたらそれまでだけど、少しでもハルがそういう気持ちを持たないようにしてあげたい。 今は・・そう思う。」



父親や親戚に囲まれて



寂しいわけではなかったけれど



母がいない



ただそれだけで自分の心の片隅に小さな闇があるような気がしていた。



香織はいろいろ思い出したのか、ふっと涙ぐんだ。



志藤はハッとした。



なぜなら



彼女の涙を見たのは初めてだったから。



「今は。 黙ってみていて下さい。 仕事をおろそかにすることはしません。」



ひとりの部下となり



志藤に静かに頭を下げた。





「はー・・」



ゆうこはテーブルに肘をついて両手を額に押し当てた。



もう泣いてるし。



志藤は少し呆れた。



「佐屋さんってほんっと。 女性としても人間としても・・素晴らしい人ですよね。 だって暖人くんは好きな人の子どもとはいえ、他人だし。 あたしだったら・・そこまで思えるかなって・・」



ティッシュをとって鼻をかんだ。



「あの『鉄人』だと思ってた姐さんに泣かれちゃ。 おれにもどーすることもでけへんなあ。 あの人の幸せとか・・いろいろ考えるけど。」



志藤はタバコを灰皿に押し当てた

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