第37話 Summer breeze(17)

なにより困ったことは



こんな時に限って両親が富山の叔父が亡くなってその葬式に出かけていることだった。



店は弟と、古くからの店員2人が3日間だけ切り盛りすることになっていた。



「・・今、出先だけど。 何とかすぐに帰る。 悪いな、もうちょっと頼む!」



樺沢は慌てて電話を切った。



北都について外出中。




もうすぐ社長が先方の社長との懇談を終えて出てくる。



そのあとは接待になる予定だったが・・



熱に苦しんでいる暖人の姿が目に浮かんで



もういてもたってもいられない。



時計を見ると夕方6時半。



まだ北都は出てこない。



まさか



自分の子供が熱を出してしまった、と懇談中に割って入るわけにもいかない。



どうしよう・・



そう思ったら



勝手に指が携帯のボタンを押していた。





「え、ハルが?」



香織はまだ社にいた。



「弟が何とか医者には連れてってくれたんだけど。 今日は週末で店が忙しいらしくて。 店の二階で寝かせてるだけだって言うんだ。 おれ、まだ社長待ちでここ出れなくて・・」



彼女にそう説明しながら



情けない気持ちでいっぱいだった。




今、すごく困っていることを彼女に言って



どうしてもらいたいのか。



それが香織に申し訳なくて仕方がなかった。



「わかった。 今すぐあたし、カバちゃんの実家に行って。 ハルを迎えに行く。 んでカバちゃんち連れて帰って看病するから。」



彼女にだって



仕事がある。



それもわかっていた。



「ごめん・・」




彼女にそう言って欲しくて電話した自分が許せなかった。




それに。



香織は自分の実家の家族と暖人の関係を壊したくなくて



彼女には本当に面倒を見てもらっているのに、そっちに近づくことはなかった。



今は暖人に『家族』が一番大事、と教える時だと言った。




それでも



自分から実家に暖人を迎えに行ってくれると言ってくれた香織に



もう感謝の気持ちしかなかった。



少しだけ緊張した。



『金錠庵』と書かれた店の前で



香織は大きく息をついた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る