第35話 Summer breeze(15)

保育園は何でも園におまかせかと思っていた。



しかし



『初めての父親』の樺沢には苦難の連続で。



「えっ! 弁当!?」



「うん。 あさってえんそくだから。」



暖人は自分でお風呂の仕度をしながら言った。




弁当・・



もちろん33年の人生で一度も作ったことはない。



「おばあちゃんにたのんだほうがいい?」



その冷や汗を子供ながらに感じたのか



暖人からそんな風に言われて



「いや! 弁当は・・お父さんが作る!」



これも勉強だ!



こうなったら世の母親がしている全てをやってみるべきだ!



樺沢は俄然燃えてきた。



とはいえ。



簡単な食事くらいはなんとかできるが、弁当作りは初めて。




「は? お弁当? カバちゃんが作るの?」



香織はあからさまに心配な顔をした。



「・・弁当くらい。 おれだって、」



強がりながらも、どうしていいかわからない雰囲気もダダモレで



笑ってしまった。



「弁当はね。 ちょっとコツがいるよ。 もうすぐ10月とはいえ、ここんとこあったかいし。 傷まないものを入れてやんなくちゃね。 ひき肉の料理・・たとえばハンバーグとかはやめといたほうがいいよ。 ひき肉って雑菌が繁殖しやすいから。 あとマヨネーズものも避けてね。 あと5歳くらいだとごはんはおにぎりがいいかもね。 暖人に好きなおにぎりの具を聞いて入れてあげたら? 玉子焼きは半熟にならないようにしっかり焼いて。 ああ、肝心なのは。 ごはんもおかずも冷ましてからお弁当箱に詰めるんだよ。」



香織は思いついたことをザーッとしゃべった。



「え? なに? メモるから・・もう一回言って!」



もう必死な彼にまた笑ってしまった。



「社長秘書のくせに。 一回言ったらちゃんと頭に叩き込んどいたら?」




まずは弁当箱だ。



樺沢は仕事帰りに近所のホームセンターに行って弁当箱を探した。



いったい



どんくらいの大きさがいいんだろ。



あ、あと水筒って書いてあったな・・



水筒も買わなくちゃ。



わからないことだらけのまま、きちんとメニューを考えて簡単な下ごしらえをして翌朝に備えた。



5時起きで暖人を保育園に送って行った時点でもう眠かった。



弁当を毎朝作るお母さんは、ほんっとにエライ・・



つくづく感心した。





「あ、ねえねえ。 昨日。 暖人の遠足だったんでしょ? お弁当、どうだった?」



香織は気になって翌日わざわざ秘書課に行って聞いてしまった。



「え? ああ・・」



彼は全く浮かない顔だった。



「なに? まずいって残された?」



「や、美味かったって言ってくれたんだけど。6割残してきた・・」


樺沢はガックリうな垂れた。


「え、やっぱまずかったんじゃない?」


香織は心配した。

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