第34話 Summer breeze(14)

その時



「ねえ、はるとくんのママは? パパだけなの?」



ユウキの無邪気な言葉に



一瞬、暖人も樺沢も固まってしまった。




暖人は少しだけ考えた後



「・・おかあさんは。 ・・おらん。」



小さな声でそう言った。



「え、いないの? どうしていないの? うちはパパもママもいるよ、」



子供に



家庭の事情なんかわかるわけもなく



彼が全く悪気もなく言っていることはわかっていた。



黙ってしまった暖人に



その空気を察したユウキの母が



「・・ユウキ、もう帰りましょう。 じゃあ・・はるとくん、またね。」



気まずそうにそそくさと子供の手を引いて帰ってしまった。




おれたち



どういうふうに思われてんだろ




樺沢は一瞬そんな風に考えてしまった後、ハッとして暖人を見やる。



「は、ハル。 おばあちゃんとこでおそば食べようか。 じいちゃんが終わったら来いって言ってたぞ。」



わざと明るく暖人の肩に手を置いて言った。



するとくるっと振り向いた暖人は



「うん!」



満面の笑みだった。





泣けてきそうだった。



この子を置いていった元の妻を恨むというよりは



こんなことになったのは元は自分の責任なのだ。



子供の世話なんか



したことがなかった。



誕生日さえ妻に言われてようやく思い出すくらいで。




子供は



時間が経てば勝手に大きくなると思ってた・・




「それでね。 あのダンスがむずかしくって、なんどもやりなおししたと、」



帰り道も暖人は楽しそうに話をしてくれた。



「そう。 でも上手に踊れてたよ。 おばあちゃん、ビデオとっておいたから。 あとでじいちゃんに見せてやんなくちゃ、」



母と手をつなぎ歩く暖人の後姿をぼんやりと見た。




別れたときは



歩くのもおぼつかないくらいだったのに。



ほんのカタコトくらいしかしゃべれなくて。



あんなに走れるようになって



こんなにしゃべれるようになって。



ここまでするのに



あいつも頑張ったんだ。



これからは



おれが暖人をきちんと育てていかなくちゃ。


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