第30話 Summer breeze(10)

「ねえ、香織も行かない?」



樺沢は普通に香織を誘ったが



「え~? それよりもまずはおじいちゃんおばあちゃんでしょう。 あたしはたぶん仕事だから、」



フライパンの火加減を見ながらさりげなく言われた。



「・・そっか、」



樺沢は彼女が自分の立場をわきまえて



わざと距離を置いているのがわかった。





「え~~~! ちょっとこれはないんじゃないの??」



「どう見てもピカチュウだろ? これは!」



食後は3人で飾りつけの旗作りで盛り上がった。



樺沢の絵の力量が、別の意味の『画伯』レベルだったので



香織と暖人は大笑いした。



「ピカチュウやなか~。  なんかウシみたいや、」



暖人が声を上げて笑うことが嬉しい。





「そう。 運動会なの? 土曜日ならおばあちゃんはいけるから。 じいちゃんはちょっと忙しくてムリだけど。 お弁当は? いらないの?」



翌日



保育園に暖人を迎えに行った樺沢の母は、暖人から運動会のプリントを見せられた。



暖人の運動会の話をすると母は嬉しそうだった。



「ううん。 おひるでおわりやけん、」



暖人は自分のカバンからノートを出して絵を描いていた。



「飾り付けの旗を作るって書いてあるよ。 作ったの?」



「うん。 昨日、おとうさんとかおりちゃんといっしょにつくったけん・・」



その暖人の何気ない言葉に



「・・かおりちゃん?」



樺沢の母は怪訝な顔をした。



「おとうさんのかいしゃのひと。」



彼は絵を描くのに夢中で気もそぞろに答えた。



しかし



母は気になってそれ以上のことを彼に聞けなかった。





この日は樺沢の帰宅が遅く、実家での夕食になった。



「ごちそうさまでした。」



暖人が台所に片付けに行った時



「ねえ。 さっき暖人が言ってたんだけど。 『香織ちゃん』って・・だれ?」



早速母は樺沢にコソっと聞いて来た。



「えっ・・」



思わず味噌汁が逆流しそうになった。



暖人の様子を伺うと、台所にある小さなテレビでアニメを見ている。



「会社の人って・・言ってたけど、」



「おいおい。 女?」



10歳年下で蕎麦屋を継いでいる弟・仁も面白半分に話に顔をつっこんできた。



「おもしろがってる場合か。 おい! おまえ・・暖人のこともちょっとは考えてやれ!」



父はもう成り行きを決め付けて怒った。



「・・や、そうじゃなくって! いや、そうじゃなくもないんだけども、」



樺沢は家族に責められて、もうしどろもどろだった。


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