第29話 Summer breeze(9)

まあ何とか親子みたいにみえるくらいにはなったけど



まだまだ二人の間には『遠慮』があるようだった。



香織はニッコリ笑って暖人の横に座り



「ちゃんと。 お父さんに言ってごらん。 もし忙しくても・・そうだなあ。 おじいちゃんとおばあちゃんにも話してごらん。 きっと来てくれる。」



と優しく言った。



「・・はた、つくらんといけん。」




「旗?」



「かざりつけのはた。 ・・おうちのひとにつくってもらいなさいって。」



きっとこれも言えずにいたんだろう。



「そうかあ。 でも。 それもちゃんと頼んでごらん。 きっとがんばってくれるって。」



彼の小さな背中をポンと叩いた。



暖人は香織を見て



「・・おねえちゃん、つくってくれん?」



と言った。



「え? あたし?」



「うん、」



彼が何を思ってそう言ったのか



それはわからなかったが。



「・・してあげたいけど。 でもー。 お父さんの楽しみを取っちゃ悪いもん、」




「たのしみ?」



「そーだよ。 かわいい子供の運動会のお仕度だもん。」



「・・そうかなあ、」



「そうだよ。 あと。 お姉ちゃんなんてムリしてよばなくていいよ。 『おばちゃん』で、」



香織はふふっと笑った。



たぶん



暖人の中で、自分の存在があやふやなのだろう。



子供なりに気を遣っているんじゃないかと思うと微笑ましい。



すると



暖人は大真面目な顔で



「えっ、おばちゃんじゃなか。 おばちゃんはもっととしとったひとのことやけん、 おねえちゃんはちがう、」



なんて言ってくれて。



「も~~~! ほんっとかわいいね! 暖人は!!」



香織は思わず彼を抱きしめた。



「んじゃあね。 『かおりちゃん』でいいよ。」



「うん、かおりちゃん?」



黒いピー玉みたいなくるくる動く瞳で見つめられると


自分でもこんな気持ちがあったんだ



と驚くばかりだった。



理屈なく



本当に暖人がかわいい。





「は? 運動会?」



早速、帰って来た樺沢に暖人はおそるおそるプリントを見せた。



「もう、連絡帳に挟まってたのに。 ちゃんと見なくちゃダメじゃない。 園からの連絡なんかも書いてあるんだから、」



香織は食事の仕度をしながら窘めた。



「ごめんごめん。 あとで見ようと思ってたんだ。 ええっと・・9月の最終土曜日か。」



スケジュールを頭で確認する父の表情を暖人はドキドキしたような顔で伺う。



「うん。 これ午前中だろ? んじゃあ、仕事は午後から行かせてもらうから。 今から言っておけば大丈夫、」



そう言ったとたん暖人の顔が綻んだ。



この子は



嬉しい時も普通の子供みたいに手放しで喜んだりしない。



ちょっとはにかむように笑うだけで。



少しだけ息子のことがわかるようになって樺沢は暖人の肩を抱いて頭を撫でた。

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