第28話 Summer breeze(8)

「ようちえんとおんなじ? ほんと?」



少しだけホッとしたように暖人は言った。



「うん。 ハルは鉄棒も得意だし、おりがみも得意だし。 きっとおんなじ遊びが大好きな子とお友達になれるよ。」



彼の目線になってしゃがんで微笑んだ。



社長秘書の仕事は福岡の支社長秘書より格段に忙しく



時間が読めなかった。



しかし、樺沢は何とか頑張って少しでも早く帰れるように努力した。




たまの休みも今までなら昼過ぎまで眠ったりしていたが、



朝早く起きて、暖人と公園で遊んだり



動物園に行ったりと子供中心の生活に変わっていった。




来たばかりのころは



ほとんどしゃべらず、笑顔も見せなかった暖人だが



本当は明るくて活発な性格らしく



外で遊ぶ時は本当に楽しそうだった。



「ねえ! おとうさん! セミのいるちゃ! とりたい!」



木にとまっているセミを見つけて指差した。



「素手でいけっかなァ。 んじゃあ肩車してやるから、そおっとな。」



「うん!」



彼がこの東京という地にも慣れたかどうか心配だったが



まだ1ヶ月ちょっとくらいだというのに



少しずつ博多弁から標準語になっていき



むしろ大人の方が地方から出てきた時にカルチャーショックを受けそうだ、と思うくらい



子供の順応力は早かった。



「わ! とれた! とれた!」



暖人は素手でセミを取って大喜びだった。



「もう弱ってきているのかもしれないな。 よーく観察したら逃がしてやりな、」



「うん、」



新しいおもちゃを手にしたかのように暖人は目を輝かせた。



子供とセミ取りするなんて



こんな自分、とっても想像できなかった。




夕方には香織がやってきて3人で過ごした。



「んじゃあ、買うものはこれだけだから頼むね、」



香織は樺沢にメモを手渡して夕飯の買い物を頼んだ。



その間、掃除をしたりしていたのだが



暖人の保育園のカバンから連絡ノートが飛び出しているのが見えた。



それを拾い上げて戻そうとすると、その間から紙が落ちた。



9月の終わりに行われる保育園の運動会のお知らせだった。



プリントの日付を見るとおととい貰ってきたようだった。



「ねえねえ。 これ。 お父さんにちゃんと見せた? 運動会のお知らせ、」



そこでテレビを見ていた暖人に聞いた。



「え・・。」



振り向いた暖人は少しためらってから小さく首を振った。



「ちゃんと見せないと。 お父さん、仕事の都合つけてくれると思うから、」



運動会の日は土曜日だった。



基本、樺沢は土曜も出勤になっている。



「・・おとうさん、せからしいちゃ」



ボソっと言った。



「せからしい・・。」



香織は一生懸命脳内で変換した。



「ああ、忙しいってこと?」



「・・うん、」



またテレビに目を移した。

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