第27話 Summer breeze(7)

「もちろん、まだ小さいから。 大人のそういうことはわかんないと思うけど。 今だからこそ。 お父さんはお父さんであって、それ以外の存在であっちゃいけないと思う。 わかっていなくても、きっと傷つく。 あの子はお母さんと離れたくなんかなかったと思うから。 それでもこうして聞き分けよく大人の言うことを聞いて。 お父さんとやっと暮らそうって気持ちになっているんだから。 あたしはカバちゃんと暖人くんの間に入っちゃいけないと思う、」



香織は樺沢を見つめた。



彼女のことを何にも知らないうちから



ものすごく惹かれてしまった自分を思い出す。



彼女は大人で



周囲のことをまず第一に考え



自分はどうすればいいかと冷静に考えている。



言いたいことをバンバン言っているようで



その奥に『限度』をきちんとわきまえていて



そういうところがすごく一緒にいて楽なのかもしれなかった。



「おれは変わらずに香織が好きだよ。 こうして俺たちの面倒をみてくれるからじゃない。 男として。 香織が好きだし・・抱きたいんだ、」




少し甘えたようにそんな風に言う彼に



「・・あたしも。 カバちゃんが好きだけど。 これからもつきあっていきたいって思ってる。 でも、今は暖人くんのことを一番に考えてあげようよ。 あんな小さい子がすっごくつらい思いをしてきたんだから。 こっちの生活に慣れるのも大変なことだと思う。」



香織は優しく母親のようにそう言い聞かせた。



暖人と暮らし始めて半月が過ぎた。



香織は自分から離れていくことはなかったけど



何だか1本糸が切れたような気持ちになった。



妻と別れてから



別に彼女なんか作らなかった。



そういう気持ちにならなかった。



たまに同僚に誘われてソープに行くとか



そんなんはあったりしたけど



シたくなったらそうすりゃいいってくらいで



離婚する時のエネルギーの消耗があまりに激しくて



もう恋愛もまっぴらだって思っていた。




暖人にはもうおれしかいない。




樺沢は帰り道ずっとそう考え続けてきた。






8月も終わりに近づいた頃



近所の保育園に空きができたとの連絡が入った。



「よかったなあ。 ハル。 保育園に行けるぞ。 いっぱい友達がいるぞ、」



樺沢は暖人の頭を撫でた。



「・・ほいくえんって。 どういうとこ?」



うらはらに暖人は浮かない顔でそう言った。




何が何だかわからず東京に連れてこられて



ほとんど初対面のおじいちゃんおばあちゃんの家や



保育ママのところに預けられて



彼にとってみたらもうめまぐるしすぎて、いっぱいいっぱいなのかもしれない



樺沢は『よかった』と思っているのは自分だけだ、と反省した。




「ハルは福岡で幼稚園に通ってただろ? 保育園は幼稚園とおんなじようにいっぱいハルと同じくらいの子がいて、一緒に遊んだりするところなんだ。 ここからすぐ近くだから、お父さんが会社から帰ったらすぐに迎えにいけるから。 お父さんが忙しい時はおばあちゃんに行ってもらうから。 幼稚園と違って、みんなお父さんお母さんがお仕事をしているおうちの子ばっかりだから。 みんなお仕事が終わったら迎えに来てくれるんだよ、」




樺沢は優しく暖人にそう言った。

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