第21話 Summer breeze(1)

『ねえねえ。 おかあさん、どこいっちゃったの? いつかえってくるの?』




自分では記憶にない。



母が亡くなったのは、たぶん今の暖人と同じくらいの年齢で。



自分の母親が亡くなった、という事実も理解できなかった。



亡くなってしばらくは父や祖母や叔母たちにこんな風に言って困らせたって



大きくなってから父から聞かされた。



母はもともと心臓が悪かった。



子供を産むことも医師からは反対されたらしい。



それでも



母になることを望み、あたしを生んだ。




出産後は



手術もできないほど弱ってしまって



入退院を繰り返し



自分の世話もできずに亡くなっていったと祖母から聞かされた。



だから



あたしは元気な母の記憶がない。




一瞬にして香織は自分の生い立ちを思いだした。



香織は暖人のカバンを手にしたまま石のように固まった。





「・・ハル、おなかすいたろ。 ゴハン作ろうか。」




樺沢は優しく言った。




「・・じゃあ。 おつかい行ってくる。 あたしが作るから、」




香織は少しだけ鼻をすすって笑顔を作った。




「香織、」




樺沢はこんな事実を彼女に告げたら



きっと離れていってしまうと




なかなか口にできずにいた。




「ねえ、暖人くんは何が好きなの? おばちゃんはけっこう料理が上手なんだよ。 何でもできるよ、」




香織は立ちんぼうの暖人に目線を合わせるようにしゃがんで言った。



「おむらいす・・」



暖人はさっきまでのおとなしい口調に戻ってそう言った。



「オムライスかあ。 得意、得意! んじゃあ・・おつかい行ってくるからね。 すぐできるよ。 待ってて。」



香織は彼の頭を撫でた。




母がいなかった香織は中学生くらいになったころには祖母の力を借りなくても自分で父の分も料理を作った。



一通りの家事はできるようになっていた。




「・・うまい、」




とろとろ卵が乗っかったオムライスは本当に美味しかった。



樺沢はいつものようにモリモリと食べ始めた。



「ちょっとカバちゃん、早食いすぎ。 早食いは太るんだよ、」



香織はまるで中学生男子のように食事をする樺沢を見て笑ってしまった。



それとは対照的に暖人はおとなしくこの年頃の子にしては



お行儀よくきれいに食べていた。



「どう? 美味しい?」



香織が笑いかけると、暖人は彼女を見て



「うん・・」



かわいい笑顔を見せた。




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