第22話 Summer breeze(2)

暖人が眠った後



樺沢が香織に缶ビールを持ってきた。



それを彼女のグラスに注ぎながら



「おれ。 あいつが笑ったトコ初めて見た。」



寂しそうに、それでも少しだけ嬉しそうにそう言った。



「え・・?」



「ずっと。 なんもしゃべんないんだもん。 ヨメがここに連れてきて、話しているうちにあいつ眠っちゃって。 その間に母親が出て行っちゃったから。 あいつも・・普通に別れるのがつらかったのかもしんないけど。 でも。 起きても、『おかあさんは?』なんて一言も言わないんだもん。 もうこれからはおれと暮らすってこともわかってんだなあって。」



樺沢は自分のグラスにビールを注いだ。



「いい子だよね。 すっごく・・しっかりしてる。 5歳なのに大人の気持ちもちゃんと考えてる。 きっとお母さんのことは言っちゃいけないって我慢してるのかも。」



香織は自分のことを思い出した。




母のことを言うと父が悲しそうな顔をする。



だんだんと幼いながらもそれがわかってきて



母のことは口にしなくなった。



「言ってくれたら、よかったのに。 もっと早く助けてあげられたのに、」



香織はポツリと言った。



「・・まだつきあいはじめたばっかりで。 いきなり子供に来られて。普通は遠ざかっちゃうかなって。」



樺沢は苦笑いをした。



「・・カバちゃんは。 『男』じゃないでしょ。」



「え?」



「『お父さん』なんだから。 この子を引き取った以上、もう『お父さん』だよ。 あたしに去られたって・・今は彼のことを一番に考えてあげなくちゃ。」



「香織・・」



「正直、あたしも戸惑ってるけど。 でも。あたしにできることなら、協力するから。」



思いがけない言葉に、樺沢は大きな息をひとつついて



「ヨカッタぁ・・」



オーバーにテーブルに突っ伏した。



「志藤にも相談できなくて。 ウチの親もてんてこまいだし・・どうしようかと思ってて。 でも香織をおれの都合で振り回せないもんな。」



「でも。 育てるのはカバちゃんだからね。 犬や猫と違うんだよ。 人ひとり育てるんだから。 お父さんやお母さんを頼りにしないで、親としての責任はちゃんと果たさないとね。」



香織はすっかりいつもの『姐さん』に戻って、ちょっとだけ説教をした。






「だからさ。 ほんっまにもう、いきなりすぎてついていかれへん・・」



志藤は目の前の樺沢・暖人・香織の3人に大きなため息をついた。




「だからあ。 ここは子育ての大先輩の志藤さんに相談しなさいよってあたしが言ったの。 保育園のこともね、ゆうこちゃんなら何か情報があるんじゃないかって。」




「確かに。 この辺はなかなか保育園の空きがないって聞きますけど・・」



ゆうこが三人にお茶とケーキを運んできた。



そこに



「ねーねー。 あそぼう、」



ひなたが暖人を誘いに来た。



「ああ、そうそう。 ひなた。 暖人くんと遊んできて。 絵本とかブロックとか部屋にたくさんあるから。」



ゆうこは暖人を子供部屋に連れて行ってやった。



「しっかし。 いきなり子持ちになるのも、大変やな。 しかもシングル・ファーザーやし、」



志藤は樺沢の身の上に同情した。


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