第12話 Began at the time(12)

「今度こそだいじょぶそうだね。 ほんと何度足を運んだことか、」



「姐さんの粘り勝ちやな。 あそこの室長、人はええねんけど・・優柔不断でなあ。 なかなか話が進まなくて、」



ホクトフィルのとある音楽祭参加において条件面でモメてしまい



香織が足しげく主催者の事務所に通いつめて



何とか折り合いをつけた。



この日は契約日だったので志藤と一緒にそこまで出かけてきた。



もう夜7時を回っていたので、志藤は時計を見て



「メシ、食ってかない? 姐さんの手柄やから奢るわ。」



「え? ホント~? んじゃ、寿司屋とかでもいい?」



「そーいや。 この近くにこの前女子の好きそうなフランス家庭料理屋見つけたんやでー。 行ってみよ、」



「寿司屋から逃げたね、」



香織は笑った。




香織は南と同様に



竹を割ったような性格で



話をしていても女性、という雰囲気は全く意識しないですんだ。



仕事をするには本当に楽で



部下である彼女がひとつ年上といっても



彼女の方が自分に気を遣わせないようにしているのもわかっていて



志藤は本当に感謝をしていた。



「あ~、明日はひっさびさの休みだから。 大掃除でもしよっかな。 天気もよさそうだし、」



香織はワインをぐっと飲んだ。



「天気ええんやから、どっか行けばええのに。 デートには絶好やで、」



志藤は何の意識もなくそう言ってから



この前の南の発言を思い出した。



思わず彼女の顔色を伺ってしまう。



「え~? もうこの年になって真昼間のデートもいいって。 なんかさあ、別に自分では年取ったってあんまり感じないんだけど。 つきあうとすぐに『生活感』あふれちゃって。 ダメだなあって。」



香織は軽く笑い飛ばした。


「生活感かあ・・」



「ときめいたりとか。 そういうのがなくなっちゃう。 ご飯作ってあげたりとか、すぐに相手の生活に入り込んじゃって。 『お母さん』みたくなっちゃうわけ。 やっぱ恋愛って刺激がないと・・ダメだよね。」



なんとなく



彼女を見ているとそんな姿も想像がついた。



「まあ、志藤さんもけっこういろいろ『場数』踏んでるだろうから。 わかると思うけど。 恋愛って相手の生活にあんまり入り込むのダメだよね。」



「場数って。」



確かに『いろいろ』あったことはあった。



婚約者に死なれたことは彼女は知らないと思うが



そこからゆうこに出会うまでの自分は



正直思い出すのもイヤだ。



『恋』なんか



ひとつもしてこなかったから。



いや



できなかったから。



「この前別れたカレシも。 5年もつきあって、ほぼ一緒に棲んでたけど。 急にね。 『ああ、このままじゃお互いダメになる』って思っちゃって。 大した理由もないんだけど。 あたしは結婚したいとかそんなんは思わなかったけど、一緒になることが想像できなかった。 結局ああ、この人とはダメなんだなって。 恋愛をしたいくせに、やっぱり考えちゃってんのかな。」



香織は頬杖をついてけだるそうに言った。



「え?」



「結婚。」



なんだか



その一言がすごく重い。


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