第7話 Began at the time(7)

「社長があんなにウケてるのも珍しいなー。」



「え?」



そのあと、資料室で一緒になった樺沢に志藤はボソっと言った。



「あの人、ほんっまいっつも怖いやろ? 顔。」




大真面目に言われて



「おまえ・・それを言ったらミモフタもないだろ・・」




少し周囲を警戒しながら言った。



それに構わず



「何考えてっかわからへんし。 こうと決めたらめっちゃ強引やし。 気に入らないと嫌味ばっかやし。」



志藤は社長の悪口を続けた。



「おい・・誰かに聞かれてたらどーすんだよ、」



樺沢は彼を小突いた。




「ええねん、おれ。 社長にめっちゃ嫌われてるし。」




『めっちゃ』を強調して、志藤は平気な顔で言った。



「嫌われてんの?」



素直な樺沢は本気で心配そうな顔をして彼を覗き込む。



それが何だか可笑しくて笑ってしまった。




「おまえは、ほんっと得なキャラやな。 なんか真面目に言うてるのに笑ってしまう、」



「はあ?」



「ウチの嫁、社長秘書やったやん? もう社長のお気に入りでなー。」



「お気に入りって・・」



樺沢が何を誤解しているのかもダダモレで、志藤はまたぶっと吹き出した。



「別に。 『愛人』とかやないで? もう娘みたいにかわいがってたってこと。 ウチの嫁も社長のことほんまに尊敬してたし。 それが、いきなり現れたおれが妊娠させるわ、結婚すると言いだすわで・・ほんっま僻地に飛ばされるかと思ってた。 社長にめっちゃ怒られたし。  ほんで挙句の果てに辞めさせちゃうし。 さらに恨まれてさあ。 最近は口もきいてもらえへんかったもん。」



志藤はゆうこが辞めてからの1年ほどのことを思い出しながら言った。



「へえええええ。 そうなんだあ。 そんな嫌われてだいじょぶかあ? 出世に響きそう・・」



「もう別に。 出世なんかせえへんでも。 好きなクラシックの仕事もできてるし。 これ以上は、なんも。」



「ま。 ある意味羨ましいけどな。」



「おまえが来てから。 社長、『こんなに笑うんや』って思うほど笑ってるし。 なんかツボに入っちゃってるみたいで、おまえが真面目になんか言えば言うほどわろてるし、」



「あ?」



「あの人のツボも。 人と違うねんなー。 ジュニアはともかく真尋は実は社長と血が繋がってへんのと違うかって思ってたけど。 あの人も十分変人やなって。」



「だから! 聞こえるって!」



樺沢はそう言ってドアの方を見て言った。



志藤はそんな彼を一瞬まじまじと見た後



またぶっと吹き出した。



「だから。 おまえの声のがデカいって・・」




社長のツボが人と違うと言う割に。



志藤もこの腹の底をくすぐられるような可笑しさに大ウケしてしまった。


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