第3話 Began at the time(3)

「樺沢さんは社長のたっての希望で秘書に迎えられたんですよ、」



樺沢が総務に辞令を受け取りに行ったあと真太郎は志藤に言った。



「へええええ。 そうなんですかあ。 まあ、ゆうこも急にやめることになって非常に迷惑をかけたし・・」



志藤はその話になるとちょっと気まずそうに言った。



ゆうこは長女ひなたを出産後、産休を経て仕事に復帰した。



しかし、復帰して1年半後、再び妊娠する。



次女ななみの妊娠中に貧血がひどく仕事ができなくなった。




そして



志藤は彼女をなかば無理やり『退職』させた。



ゆうこを娘のようにかわいがっていた北都社長や真太郎の慰留はあったが



もう自分たち家族だけのことを考えて欲しい、と最後は志藤が彼女に拝み倒して辞めてもらった・・



という経緯があった。



ゆうこが急に辞めてしまい、社長の秘書は秘書課の課長やその他の女子社員が交代で務めて


いろいろ不都合があったりしたのは事実だった。



たしかに社長には申し訳なかったが



志藤はホッとしていた。



「ま。 志藤さんは白川さんと社長にやきもちを妬いて辞めさせちゃったんですからねー。」



真太郎は少し意地悪く志藤にそう言って笑った。



「やきもちって! いや、別にね・・」




そのことになるとムキになる志藤がおかしくて



「ますます。 社長と気まずくなっちゃったし、」



真太郎はさらにからかう。



たしかに。



あれから多忙な社長はなにかと言うと志藤の前で



『まったく秘書がちゃんと決まってないと申し送りだけで時間がかかって、』



などと聴こえるように嫌味を言ってきたり。



もともと社長のことが苦手だった彼はさらに社長を避けるように過ごしていた。



「そういう意地悪を言ってくるところも。 社長にそっくりですね、」



志藤は真太郎をジロっと睨んだ。



「ま。 とにかく。ずっと決まっていなかった社長秘書が決まってよかったです。 樺沢さんは学生時代はラグビー選手で体力もあるし、バイタリティもあるって福岡の支社長が太鼓判を押してますから。 社長秘書は多忙ですからね。 明るいし、ぴったりじゃないでしょうか。」




真太郎は何でもないかのようにいつもの笑顔でいなした。



「へー! 福岡から来たの? 新しい社長秘書ってどんな人かと思ってた、」



早速。



南は興味津々で樺沢をわざわざ見にやってきた。



「はじめまして! 樺沢 駿です。 どうぞよろしく、」



満面の笑みで樺沢は南に握手を求めた。



その勢いにつられて手を出した南だが



「ぜんっぜん駿ってカオやないけどなあ・・」



本音で生きる南は思いっきりそう言った。



「それを言ったらミモフタもないっつの、」



志藤は笑いをこらえながら小声でつっこんだ。



「ま。 でもスポーツマンらしくてええ男やん。 ウチの大社長をよろしくね。 『カバちゃん』!」




そして彼女らしく人懐っこく笑った。



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