第16話


 帝国歴567年、12月。

 

 自由都市グリニツィン、

 ゾイレ地区、地下神殿、聖座前控室。

 

 「どうしても、腹を割ってお話しする必要がありました。」

 

 クルヒャー・フォン・グリュンワルド。

 ルサチア公爵にして、グリュンワルド王太子。

 教皇猊下への表敬的謁見の僅かな隙間。


 本来であれば、俺は、このお方にお仕えしていたはずなんだけどな。

 なんていうか、遠くに来てしまったものだ。

 俺のまったく知らぬ間に。 

 

 「最初に申し上げることがございます。

  クライス殿。

  

  貴殿は、

  私の母違いの弟にあたります。」

 

 え。


 ……

 え゛??

 

 「貴殿の父は、

  コンラート殿ではございません。


  コンラート殿は、父にたってと頼まれ、

  貴殿を預かりました。」

 

 ……。

 

 「しかし、コンラート殿の室は、貴殿のことを、

  卑しい身分の者との野合の子と思い、貴殿を虐待した。

  それどころか、我が子と結託して、幾度となく、殺めようとした。

  

  コンラート殿は、王室に、父に相談に参りました。

  父が思案しているうちに、貴殿は、自ら自立を謀られた。

  国を離れた貴殿に、私達ができることは、

  できる限り優秀な王臣をつけることだけでした。」

 

 あ、あぁ……。

 道理で、逢う奴逢う奴が、みな出来が良かったわけだ。

 よく考えたら、こんな多才な奴らが、

 没落貴族に過ぎないハヴィビト家周辺にいるわけないわな。

 気づけよ、俺。

 

 「……ですが、貴殿は想像以上でした。

  行く先々で伝説を残され、

  最後には、この帝都に巨大な勢力圏を構築された。

  さすがはの血筋だと、驚く他ありませんでした。」

 

 ?

 

 「クライス殿。

  貴殿の母は、

  アマルナ・フォン・グリュンワルド。

  

  私から見れば、叔母に当たります。

  父から見れば、従姉妹になりますね。」


 ……。

 

 「アマルナ様は、身体の強い方ではありませんでした。

  カエターニ公と婚姻を結ばれましたが、

  白い結婚であり、三年後、相手方から離縁されました。」

  

 ……それは。

 

 「王家以外では、伏せられたことです。

  アマルナ様は、離縁された自らの境遇をいたく悲しまれ、

  陛下に、お情けを頂戴したのです。」

 

 ……。

 

 「貴殿を産み落とされた後、予後が悪く、

  不幸にして亡くなられました。


  カエターニ公は、それを知り、

  父とグリュンワルド王家をいたく責められました。」

 

 ……なる、ほど。

 それで、カエターニ公は、

 自由都市同盟にも協商条約にも乗ってこないわけか。


 なら、言葉にしろっての。

 ったくもう、不器用だなぁ。 

 いい大人が勝手にふてくされてるだけじゃないか。

 

 「アマルナ様の父君は、

  先代のグリュンワルド王ヨッフェン。」

 

 あ、あぁ。

 そりゃ、そうなるか。

 このハナシが出た瞬間に気づくべきだよな。

 

 「母方ではありますが、

  貴殿は、偉大なる征服王ヨッフェンの血を受け継ぎ、

  かつ、我が父の血を受け継いでおられます。

  

  そして、帝冠の守護者であり、

  中原に安寧と平穏を齎されようとしておられます。」

 

 ……。

  

 「現グリュンワルド王マルドは、

  新年の儀を以て、退位致します。」

 

 え。

 それは、初耳だけど。

  

 「全中原の英雄、

  信仰の擁護者、カリン教皇の庇護者、帝冠の守護者にして、

  グリュンワルドの血を正しく受け継がれしクライス殿。

  

  私は、謹んで、我らが聖別されし王位を

  貴殿に譲らんとするものです。」


*


 帝国歴567年、12月。

 

 自由都市グリニツィン、

 クリンゲンバウム地区、レ・リュクス。

 

 「クライスさまが

  お人払いをなさるなんて。

  めずらしいですね。」

 

 「……うん。

  これは、誰にも聞かせられないからね。

  

  ……本当に、誰もいないね。」

  

 「わたしが感じられる範囲では。」


 それもあって、メルルなんだけど。

 

 「……。」

 

 本当は、ひとりで留めておくべきだ。

 一人で決めて、実行するべきだ。

 

 ……

 なるほど。

 君主業は、孤独だ。

 

 あらゆる業と秘密を胸に仕舞い、

 孤独に生き、孤独に死んでいく。

 

 そんなのは、嫌だ。

 あの王太子、肩の荷を下ろしたいだけじゃないか。


 それに、もし、あの王太子の言う通りにすれば、

 流れなくていい血が無駄に流れる。

 

 絶対に、させない。 

 

 「これは、極秘の上にも極秘の任務だと思って欲しい。」

 

 「はい。

  わたしは、クライスさまのためなら、

  いま、この場でも死んでみせます。」

 

 「死ぬな。」

 

 「……。」

 

 「ともにあれ。

  生きて、我が菩提を弔え。」

 

 「……しかし。」

 

 「ならば、絶対に機密を維持し、

  必ず生きて帰る。

  いいね。」

 

 「……はい。」


 すっかり大人の女性になったメルルに、

 そうやって、薄桃の髪を傾けながら、

 解けたように、はにかまれてしまうと。

 

 「……


  教皇猊下に、極秘裏に、

  教皇猊下以外に、

  誰にも気づかれずにお会いして欲しい。」

 

 「……取次もなく、

  、ですか。」

 

 「そうだ。」

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