第13話


 帝国歴565年、10月。

 

 自由都市グリニツィン、

 クリンゲンバウム地区、レ・リュクス。


 「今日のおやつは何かな、メルル。」

 

 「はい、クライスさま。

  今日はカスターニャ尽くしのベッヒャーマロンパフェになります。」

 

 おほ。

 盛りが豪華になって。

 下まで入れると何段あるんだ?

 

 これ、ひとつひとつ、

 カスターニャの味が違うな。

 

 「はい。

  ラコニアとグリュンワルドから

  それぞれ取り寄せて並べてみたそうです。」

 

 うわぁ、手間がかかることを。

 和栗と洋栗を添えたようなものね。


 「教皇猊下も召し上がられたそうですよ。」

 

 あぁ、先にあっちゾイレ支店のほうから試してるのか。

 

 「柱都地区の再建が進みましたからな。

  戦時中だというのに。」

 

 戦時中っていっても、防衛戦だからね。

 消耗しなければ民需に手をつける必要もないし、

 なによりも。

 

 「マルルバードが操っていた海賊を覆滅できましたので、

  我らの海域は穏やかになりましたからな。」

 

 なんだよ。

 海運料半減、物流は三倍。

 都市間交易でウハウハしております。

 防衛戦なのに戦時利得課徴金が掛けられるのもウマいなぁ。


 「閣下。」

 

 あぁ、ランドルフか。

 さすがに凶事ではないだろうな。

 

 「マルルバード王クシャル、

  王太子カールヴァーンを廃位した由。

  自身も退位し、三男イムレに王位を譲るようです。」

 

 ……

 

 「和平の時、だね。」

 

 「然り。」

 

 さて、どうしたものか。


*


 帝国歴565年、11月。

 

 マルルバード王国、

 王都ヘールヴァール城内、鷲の間。


 「……なぜ、こんなことに。」

 

 新たに王太子に就いたイムレは、

 誰に言うでもなく嘆息した。

 

 マルルバード王家は、

 もとは民族英雄、ヴァイクを王に頂き、

 東中原はアラボナ平原中央部に定住した騎馬民である。


 中原諸国との血縁を深めていくうちに、

 信徒同士の攻撃を受けにくいカリン教に形の上で改宗し、

 異教徒の住む東と南に領土を広げ、現在の大国の礎を築いていった。

 

 しかし、相次ぐ不作と戦況の悪化による社会不安の情勢、

 王太子軍の不振、海軍の壊滅と物資の不足が重なった。

 

 この一つでも欠けていれば、

 破門の効果は、クシャルの見込んだ通りだったろう。

 

 中原にルーツを持つ都市貴族層にとって、

 カリン教皇との対立は、想像を絶していた。


 彼らは、カリン教の教えに帰依などしていなかった。

 カリン教徒であることが、異教徒からの略奪を正当化する。

 そのためだけに、カリン教の、文明人の衣をまとっていた。


 それを、剥ぎ取られた。

 それどころか、宗教上の最高権威に、

 神の敵と名指しされた。


 無論、戦勝で跳ね返せれば、

 精神的な指弾など、なんの意味も生まれない。

 

 しかし、破門を受けて以来、

 マルルバード軍は連戦連敗、商業都市からの融資は止められ、

 海路の物流は滞り、物価は破滅的に上昇を続け、

 賠償金で潤う王都以外の領主税はうなぎのぼりとなる。

 

 そんな時に。

 

 『神の雷が直撃し、

  百艘の船を焔に包み、灰燼に帰させた。』

 

 『神が岩を降らせ、

  地上の軍を散り散りにせしめた。』

 

 『堪えがたきを堪えてきた神の怒りが、

  不信者を屠り続けん。』

 

 狂信者達仕込済の針小棒大な戯言は、

 絶叫に代わり、マルルバード全土を揺るがしていく。

 

 そして。

 

 マルルバード王家が遥か昔に滅ぼした筈の

 シスキア公位を名乗る僭称者が、

 カリンの名の元に、背教者マルルバード王家に対する聖戦を仕掛けてきた。

 

 ただちにマルルバード王軍が鎮圧に掛かったが、

 シスキア僭称公軍は頑健に抵抗、

 これを見て、割譲されたはずのオストバルト王領で

 聖戦を名乗る叛乱が起こり、

 駐留していたマルルバード王国軍が内側から瓦解する。

 

 今や、マルルバート王国軍の支配領域は、

 アラボナ平原中央部に狭められ、幾重にも分裂しつつある。

 

 「なんで、こんなことにっ……。」

 

 二人の兄を喪い、精神を病んだ父と国を抱えたイムレは、

 たった一人で嘆かずにはおれなかった。

 

 君主の資質に乏しい不幸なイムレは、孤独を囲いながら、

 四散していくマルルバード王国の残骸集めに

 短い生涯を捧げることとなる。


*


 帝国歴565年、11月。

 

 自由都市グリニツィン、

 クリンゲンバウム地区、レ・リュクス。


 「まぁ、こんなところにございますな。」

 

 マルルバード王家の破門を解く代わりに、

 シスキア、オストバルト、モエティア、

 パル、マルガ、メストリオの独立を相互承認。

 廃太子カールヴァーンは、文字通り、湖に沈める。

 

 中原最強を誇ったマルルバード王国は、

 その領地を半分に削られることとなった。


 「まぁ、もっとバラバラになるだろうね。

  ちょっと前の自由都市みたく。」


 「……さらっとおっしゃいますな。

  本当に、閣下は悪魔の子であらせられる。

  ところで。」

 

 あぁ、なんかはじまっちゃいそうだな。

 

 「妃の件、良い加減決めて頂きませんと。」

 

 「決めないほうがいいんじゃないの?

  そもそも、ただの准男爵だし。」

 

 「その言い訳はさすがにしんどいでしょうな。

  グリニツィンの指揮下にある直営領地だけでも、

  今や一万人の住民を持つ状況ですからな。

  同盟市全体でいえば」

  

 「同盟市は同盟市であって、

  領地じゃないでしょ。」

 

 「閣下。」

 

 あぁもう、わかるけど。

 

 「かえってめんどくさくない?

  妃なんて持ったら、

  その家に色々足を引っ張られる。」

 

 「そのために我らがおりますれば。

  南中原の解放者、教皇の庇護者、帝冠の守護者の妃候補は

  厳選に厳選を

  

 「重ねたところで、実際の暮らしぶりとかは分からないし、

  豹変されたら終わりだと思わない?」

 

 「閣下。」

 

 うわ。

 もっとめんどくさいのが現れた。

 

 「ランドルフ、聞いてたね?」

 

 「は。

  某もカウカッソス殿と同意見でございます。

  閣下ももう齢一八歳にございますれば。」

 

 俺の世界では一八で結婚する奴なんていないんだが。

 

 「あぁもう、

  このハナシはナシナシ。

  で、何があったの。」

  

 「は。

  ラコニア王国軍、

  ダラコニア半島中央、キテリオルにて会戦となり、

  ダーイ朝君主、アブド・ムタリ率いる

  ヴァンダ・ウィヤト連合軍に大敗致しました。」

 

 う、わ。

 これは。

 

 「余勢を駆った連合軍は、キテリオルを超え、

  ラコニア本土を強奪する構えにございます。」

 

 これは、つまり。

 

 「さよう。

  になろうかと。」

 

 はぁ。

 

 「ねぇ、

  これ、うち、全然関係なくない?」

 

 「これまで積み上げた戦果と、南中原の団結、

  閣下の食卓の彩を喪って良いならば。」


 ……なんだよ、もうっ。

 ただゴロゴロしているだけなのに、

 どんだけ血を呑ませる気なんだよ。


 ……

 わかっ、た。

 これを、俺にとって、最期の戦いにしてやる。

 すべての戦を終わらせる戦に。



転生した侯爵令息は、都市型スローライフを満喫する

第2章

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