第6話


 かつての自由都市、ノイブルクは、

 酸鼻を極める有様だった。

 

 盗賊に略奪された街区では死者を傷むものとてない。

 病人は打ち捨てられ、そこかしこで疫病が蔓延している。

 

 「ここまでにならなければ降伏しなかったというのか。」

 

 住民は、最盛期の20分の1程度だろう。

 街とはとても呼べない。集落レベルだ。


 「自由都市は、誰も助けてはくれませんからね。

  落ちぶれた街なんてこんなもんですよ。」

 

 戦場を見慣れた筈のランドルフが声も出せずにいる。

 

 「グリニツィンとて、

  ラコニアやマルルバードあたりから略奪を受ければ、

  これとそう変わりませんよ。

  閣下もオスツァイテを御覧になったでしょう。」

 

 グリュンは、特に感慨もなく言葉を繋いだ後、

 静かに溜息をついた。

 

 「クリンゲルバウムが異常なんですよ。

  あれは、クライスさまの街ですから。」

 

 確かに。

 

 クライス・フォン・ヴァッサー=ハビヴィト。

 神童クライスの名は、没落しかけの大貴族、

 ハビヴィト侯爵家の誇りであり、希望だった。


 しかし、目立ちすぎたクライスは、

 兄クレーゲ、その母マルローネの嫉妬を買い、

 父コンラートの不在をいいことに、幾度となく暗殺の刃を向けられた。

 クライスは、僅か8歳で家を出ることを決断しなければならなかった。

 

 クリンゲルバウムは、平和を好み、騒擾を許さないクライスの街だ。

 クリンゲルバウム、中でもグリュネアレーの住民は、

 クライス本人によって、幾重にも選別されている。

 

 あのやり方を、中原一帯に広めるのはまず無理だろう。

 ただ。

 

 「クライスさまなら、

  この街の復興くらい、容易くおできになりそうだが。」

 

 「まさしく。」


 暗雲の中で、ランドルフの手に握られた帝国祭司の杖が

 キラリと輝いた気がした。


*


 帝国歴563年、8月。


 自由都市グリニツィン、

 クリンゲンバウム地区、レ・リュクス。


 「国王陛下によるロトリンとの停戦交渉は

  決裂したようです。」

 

 まーじーかー。

 

 「ロトリン大公も、白紙和平では面目が立たないと。

  次期国王に擁立された時に、

  選定侯への抑えが効かなくなりますから。」


 領都、抜かれるけどいいのかなぁ。

 脳筋軍団を舐めたら大変なことになるけど。

 まぁ、そのおかげか、

 あのバカ兄の暗殺者は最近来ないらしいけど。


 「マルルバードとは川を挟んで防衛戦線となります。

  暫くは膠着するかと。」

 

 うーん。超大国同士が直接争ってるなぁ。

 まぁ、こっちは平和になるからいいんだけど、

 これだと東中原の食材も入りにくくならない?

 俺、ラコニアにも結構投資してるんだけど。


 あぁもう、

 世界中の脳筋を一か所に集めて同時に虐殺したい。

 

 「ノイブルクの浄化は進んでおります。

  来週中には、移住者を募れるようになろうかと。」

 

 ……滅茶苦茶だったらしいからなぁ。

 自分が行くとか言わなくてホントよかった。

 マジでトラウマになるトコだったわ。

 

 うーん。

 立ち上げ時ってどうしても時間食われるな。

 健康のためには一日3時間労働趣味の労働を厳守したいところだが。

 

 っていうか、これもうただの領主業じゃないかなぁ。

 おかしいな。買った宿で投資のあがりで

 毎日ゴロゴロしているだけの筈なんだけど。

 

 あぁもういいや。

 考えない考えない。

 

 「それと。

  オスツァイテの浄化、無事に終わりました。」

 

 え?

 

 「疫病が流行りそうでしたから。

  私の独断で執行しました。

  なにとぞ臣に死を賜りたく謝罪の決まり文句。」

 

 あぁ、そっか。

 医務官だもんな、ベネディクトゥス。

 10歳の恨み強奪、街区締め出しを内に溜めすぎたなぁ。

 

 「この業務を遂行した者のうち、

  功労ありしものを自由身分に。

  事後報告を家宰にあげるだけで構いません。」

 

 どうせ内緒で農奴を使ったのだろうから。

 事後承諾にしておかないと。

 

 「!

  ありがたき幸せっ。」

 

 ありがたいのはこっちだっての。

 昔の恨みだけであやうく疫病を流行らすところだったんだから。

 つくづくと向いてねぇなぁ領主業。


*


 帝国歴563年、10月。

 

 自由都市ノイブルク。

 ハイリゲンシュトラーセ神聖通り

 

 「……嘘のようだ。」

 

 街区という街区は清められ、清掃が行き届いている。

 取り壊された瓦礫の山から、

 小さく、清潔な街へと生まれ変わっている。

 

 数年は掛かる仕事が、

 たった一か月で終わったのは、旧帝国の魔術でもなんでもない。

 単純に、略奪者に狙われ続けたクリンゲルバウムの農奴が

 有り余っていたからである。

 

 ヒンターグリュネに溢れそうだった労働力は、

 一斉にノイブルクに向かった。

 ノイブルクは今や、新住民に占領されたに等しい。

 

 通常であれば騒乱の一つも起こりそうなものだが、

 家宰ランドルフ・フォン・ブラウフォルツの丁寧な仕事ぶりで、

 街区ごとに長老一人と、若手の町役人が選定され、

 旧住民と新住民はそれなりに落ち着きを見せている。

 なにしろ、三か月で売るほどの食料が収穫できたのだから。


 (これはいまや懐かしい放浪時代のやつ。

  グリュンが分かると思うから。)

 

 8歳で家を追い出されたクラウスは、

 グリュンらと数人だけで、中原を旅したのだと言う。

 その際、農事に秀でた者を匿い、

 各地域の種子を集めまくっていたのだと。


 ノイブルクの風土に合致した速成イモの種子。

 育ちやすい種子が厳選転生農業チートされたもので、

 農民数百人を容易に養うことができる。

 来春からは小麦の栽培も手掛けられるという。


 「……あるいは、

  クライス様は、最初から。」


 ありえない。

 しかし、ありえなくはない。

 なにしろ、クライスは、神の寵児なのだから。

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