第3話


 「クライスさま。」

 

 んー?

 

 「ホーフブリュッケのマルロー家ですが、

  協定を破ってヒンターグリュネの住民を殺害したものと。」

 

 ほー。さすがメルル、地元近くだからか。

 向こうにまではシールド魔道具と落とし穴かけてないしなぁ。

 

 「報復したく思いますが、いかがでしょう。」

 

 さらっと言うなぁ。

 ほんと、人命の価値軽すぎるな、この世界。

 

 「しなくていいよ。」

 

 「ですが。」

 

 「中途半端な報復をすると、終わりがないからね。」

 

 あぁ、メルル、いい顔になって。

 もともとは暗殺者だもんなぁ。

 

 「グリュン。」

 

 「は。」

 

 「殺害された住民には補償を。

  自警団の警備は強化で。」


 「手配済です。」

 

 ……うちの家臣団、優秀すぎる。

 バカ兄はさぞ困ってるだろうなぁ。


 さて、と。

 

 「、オスツァイテのトゥヴェリ閣下に伝えてあげて。

  後ろ、になるよと。」

 

 「か、閣下。

  よろしいので?」

 

 「そ、そうですぞ。

  オスツァイテの奴らは、

  次は必ず我らに刃を向けます。」

 

 だろうねぇ。

 あいつからすれば俺らのほうが異物だからね。

 だけど。

 

 「だから、かな。」

 

 まぁ、最悪の場合、

 ここを棄てて次に行けちゃうんだけどね、俺らは。

 それくらいの金は隠し持ててるし。


*


 トゥヴェリ卿こと、

 ラインフェルト・ツゥ・トゥヴェリは、

 もとは傭兵である。


 マルルバート王の外征で目をかけられたトゥヴェリは、

 その功績により騎士身分に取り立てられ、傭兵隊を任される。


 その傭兵隊への給与が滞った時、

 名目上トゥヴェリ男爵家の家名を名乗ることを許され、

 グリニツィンの東側を意味するオスツァイテに奇襲をかけ、

 ハンバリ地区の支配に漕ぎつけた。

 

 そして、当時の三大勢力の一つだった、

 オスツァイテ専制侯を名乗るグラスムス一家を武力で叩き潰し、

 わずか一年強でオスツァイテ全域の実効支配に成功する。

 

 旧帝都グリニツィンをわが物にし、

 マルルバード王家に献上すれば、

 男爵どころか、伯爵も夢ではない。

 

 白髪を頂くに至るまでの傭兵暮らしの先、

 老境に差し掛かる直前で得た自らの巨大な栄達の機会のために

 グリニツィンを統一しようと企むトゥヴェリ卿。

 

 その前に立ちはだかったのが、

 首都地区ホーフブリュッケ、

 中でも、柱状都市ゾイレを牛耳るマルロー家である。


 マルロー家は、かつては帝国貴族の家柄であると喧伝するが、

 滅亡した帝国の爵位自体にはなんの意味もない。

 ただし、旧首都中枢地区の街路や水路を知悉しており、

 抵抗戦に持ち込まれたら、撃滅することは難しい。

 

 歯がみするトゥヴェリの元に、朗報が届く。

 マルロー家は、フィンタニスに建設された簡素な船着き場、

 ヒンターグリュネハーフェンの併合を目指しており、

 奇襲攻撃すれば、柱都地区を抜けると。


 マルルバード王から金銭的な支援を受けたトゥヴェリ卿は、

 山岳都市群から密かに傭兵隊を呼び寄せラコニア人の入れ知恵、決戦の日に備える。


 そして。

 帝国歴562年、5月。

 

 旧帝国領中心部に勢力を張るマルロー家は、

 遂にヒンターグリュネハーフェンに全面攻撃を仕掛ける。

 

 その翌日。

 マルルバード王国の支援を受けたトゥヴェリ卿は、

 マルロー家の拠点、旧帝国柱都ゾイレに向けて、

 全面的な奇襲攻撃を開始傭兵隊へのクライス達の使嗾する。


 完全に虚を突かれたマルロー家マルルバードの情報工作だが、

 ただちに立て直し、柱都ゾイレに籠城を決め込む。

 数日で抜けると思ったトゥヴェリ卿は狼狽したが、

 略奪を企図する山岳都市の傭兵隊に突き動かされて攻撃を継続、

 抗争は長期化の構えとなった。


*


 帝国歴562年、6月。


 自由都市グリニツィン。

 クリンゲンバウム地区、レ・リュクス。

 

 わずか100スタディオン2キロ弱先の街区では、

 両勢力同士が激しく刃を交えているというのに、

 何も変わらずに穏やかな繁栄を謳歌している。

 新港と水路ができていなければ、

 とてもこのような光景にはならなかっただろう。


 マルロー家に庇護されていたはずの商人達のうち、

 クリンゲンバウムと気脈を通じていた商人までもが逃れており、

 かえって栄えてしまっている。


 「……これが狙い、ですか。

  誠に悪魔ですな、閣下は。」

 

 両虎相闘、借刀殺人というやつですね。

 向こう、変に傭兵隊なんか雇っちゃってるから、後にひけないのよ。

 それよりメルル、今日のおやつは?

 

 「……はい。

  ラコニアはメルローズ地方のエアトベーレ

  ふんだんに使ったベッヒャーパフェになります。」


 おほほほほ。

 すげぇ豪華じゃん。

 やっぱり貿易都市スローライフ万歳だなぁ。

 

 「閣下の投資が実りましたので、

  収益は投資の三倍以上になっております。」

 

 そうなんだ。

 まぁどこの世でも、人間ならイチゴは皆欲しいよ。

 俺が一番欲しいもの。


 「投資で言えば、

  アマルガから、宿を広げたいと嘆願が出ておりますが。」

 

 だめ。

 景観死守。

 

 「……左様にございますか。」

 

 だけど。

 

 「春になったら、ここの外に支店を作ればいいよ。」

 

 「外、にございますか?」

 

 うん。


*


 ラインフェルト・ツゥ・トゥヴェリ卿はギリギリと歯がみしていた。

 マルロー家の手勢は、旧帝国の地下神殿に逃げ込んでは、

 補給路に向けて奇襲を繰り返しクリンゲンバウムの隠密支援、トゥヴェリ卿軍を押し返している。


 もうすぐ、傭兵隊に支払う給与が尽きる。

 マルルバード王は、これ以上の支援をするつもりがない。


 今や、マルルバード王国は、

 西中原の大国、ロトリン大公国との戦争に巻き込まれており、

 袖を振る余裕などない。

 本土とは遠く離れたグリニツィンを併合したところで、

 精神的な宣言以外の利点は何一つない。

 

 トゥヴェリ卿は、焦っていた。

 一刻も早く柱都を抜かなければ、

 クリンゲルバウムを略奪できない。

 

 小癪なことに、いまやグリニツィンで最も豊かなのは、

 かつてのスラム街、クリンゲルバウム地区である。

 あの街を抜くことで、傭兵団を満足させなければならないし、

 あの街を破壊しなければ、グリニツィンを統一したとは言えない。

 

 それなのに、まさかマルロー如きにここまでてこずるとは。

 地下神殿にまで軍事拠点を作っているとは。

 

 自身も傭兵であったトゥヴェリ卿は、

 給与の途切れた傭兵団が何をするか、

 これ以上なく明快に分かっていた。

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