⬛︎204⬛︎
「こんな時にふざけないでくれよ」
奇しくも僕は、兄貴と全く同じ台詞を口にしていた。一子が再び、あの耳障りなガリガリという音を立て始めたのだ。
「一子、一体それは何をやっているの」
「出口を探してんだ」一子が口を開く時だけ、ガリガリ音は止まる。
「出口は玄関だよ。いい加減、変な冗談はやめてくれないか」
「冗談なんかじゃねえよ。いや、冗談みてえな話ではあるんだけどよ。おめえがあんまり必死だから、おれもできるだけのことはしてやりたくてな。とりあえずその、大家って奴のところには行ってみようと思ったんだよ」行ってもどうにもならねえかもしれねえけどな。と一子はキーキー笑う。「でも、この部屋から出る方法が分からなくてよ。あちこち穴を空けてみても、どうやっても同じ部屋に出ちまうんだよなあ」
「だから、部屋を出るなら玄関を使えばいいだろ」
「玄関って所にも行ってみたんだけどよお。ドアはでかくて重くておれには開けらんねえし、なんか硬い素材でできてて、穴も開かねえんだよな。壁なら簡単に破れるんだけどなあ」
何を言ってるのかさっぱり分からないよ。と言おうとした瞬間、一子が「うわっ」と声を上げた。
「おい壁、なんだこれ! おめえん中、なんかすげえ量の紙束が詰まってんぞ」
「紙束だって?」
またおかしなことを、と言い捨てることは、何故かできなかった。頭の中に、カリカリと引っかかるものがあったのだ。しばらく考えて、ピシィッ! と頭に衝撃が走る。
「一子! 僕に穴を空けてくれないか!」
「はあ? 穴だあ? んなことしたらおめえ」
「いいから! 壁なら破れるんだろ?」
二年前、二〇五号室の住人が詐欺に遭った時のことを思い出す。彼女が僕の中に隠していたものは。
「早く僕を破って、その紙束を外に出してくれ!」
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