「いいか、和也。よく聞け」

 これは兄貴の口癖だ。そのうちこの人は「いいか、和也。よく聞け。今日の夕飯はハンバーグだ」とか「いいか、和也。よく聞け。三キロ太った」とか、さも重大なことのようにどうでもいいことを発表しだすんじゃないかと和也は想像している。

 いいか、和也。よく聞け。の後、「決行は明日の昼だ」と兄貴は言った。

「昼? なんでだよ。空き巣って言ったら夜にやるもんだろ」

「そんな決まりねえよ。留守の時に盗みに入るのが空き巣だ。明日の昼間、さくら荘二〇三号室は留守になる。御園一家は三人揃って仲良くお出掛けだ」

「夜の方が雰囲気出るのになあ」

「雰囲気なんてどうでもいいんだよ」

「えー、雰囲気は大事だよ。あ、じゃあさ、あれは持って行っていいでしょ? その方が、雰囲気が出る」

 あれ、と言いながら和也は、右手の親指と人差し指を立てた。

 その手つきを見て、兄貴は顔に皺を作る。「バーカ。銃を使うのは空き巣じゃなくて強盗だっつの。そんなのいらねえよ」

 口を尖らせる和也になど構いもせず、そこで兄貴は「いいか、和也」とまた言った。

「今回こそは、絶対に部屋を間違えるんじゃねえぞ」

「間違えるわけないじゃん。兄貴、俺のこと馬鹿だと思ってるだろ」

 和也は憤慨口調で言った。銃を持って行くことを否定された腹立たしさも混ざっているので、半ば逆ぎれにも近い。

「実際馬鹿だろ。前回空き巣やった時にも間違えただろうが」

「あれは四号室の罠に嵌まっただけだ。兄貴が三〇五号室だって言うから五番目の部屋に入ったのに、何故か三〇四が欠番で、五番目の部屋は三〇六号室だった」

「あんなあ、マンションやアパートに四号室がないのなんて、ごく一般的なことなんだよ。言っとくけど、今回のさくら荘だって四号室はねえからな? 部屋番号は一〇一から二〇七。四は欠番で、各階六部屋の全十二部屋だ」

「四番が欠番なんて、野球じゃ致命的だ」

「そりゃ打順の話だろ。野球だって、ピッチャーにとっちゃ『四』って数字は縁起が悪い」

「でも、今回は二〇三号室なんだろ?」兄貴が用意した図面を見ながら言う。「それなら四があろうがなかろうが関係ない。二〇三は下から二番目、右から三番目だ」

「そうだな。二〇三は右から三番目だ。さすがのおまえでも間違えようがねえか」

 そこにホールスタッフがやって来て、料理の乗ったお盆を二つ、テーブルに置いた。「豚カツ定食でございます」と告げ、店員は去って行く。そういえば、和也はまだ注文をしていなかった。

「兄貴、二人前も食べるの?」だから三キロも太るんだ、と指摘したくなる。

「馬鹿、片方はおまえのだ」

「え? なんで勝手に俺の分頼んでんだよ」今日はハンバーグの気分だったのに。

「いいか、和也。よく聞け。今日の夕飯は豚カツだ。決戦前夜にはカツを食って喝を入れて勝つ。そういうもんだろ」

 兄貴が大真面目に言うものだから、和也は笑ってしまう。

「豚カツだったかあ」

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