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「あなた、またですか?」と妻が言った。耳の遠い妻にはこの音が聞こえないらしいが、杉田にはそれが信じられない。
ズシン、と天井が鳴った。音というよりは振動に近い、低い響きだ。カタカタと電灯が小刻みに揺れ、時折ドン、と大きな音も聞こえる。
「ああ、まただ」杉田は憎々しさに奥歯を噛み締めた。
二〇五号室に住む今井母娘は、一年前に引っ越してきた当初は静かに暮らしていた。気になる物音といえば、毎日深夜遅くに帰宅する今井母が玄関を開ける音くらいで、それはどう気をつけても立ってしまう音だし、一日に一回のことなので大目に見ていた。
しかし、彼女たちが入居して一ヶ月ほど経過した頃から、男が部屋に出入りするようになった。男の足音には遠慮がなく、天井をズシズシと揺らす。それだけならまだ良い方で、男が部屋に一人になると、家捜しでもするかのようにあちこちの家具からバタバタと乱暴な音を立てるようになった。
そして半年ほど前から、ドン、バン、ガン、と、まるで床の上で暴れているような荒々しい音が、時折聞こえる。それは初めは一度きりのことかと思ったが、月に一回、二回と次第に頻度を増やしており、今日に至っては前回の騒ぎから一週間も経っていない。
「わたしには聞こえませんけどねえ。あなたが音に敏感過ぎるんじゃありませんか? 前の前に上の階に住んでいた方だって、あなたのせいで引っ越してしまったじゃないですか」
「あれは俺は悪くねえ」杉田は唾を飛ばした。「毎晩毎晩こっちが寝てんのにああもうるさくされちゃ敵わねえってもんだ。文句の一つ言って当然だろうが」
「でもねえ、あんまり過敏なのも嫌われちゃいますよ」
「俺が過敏なんじゃねえ、あっちがうるせえんだ。その証拠に前の住人は静かだったじゃねえか。あの婆さんとは十年も上手くやってたんだ」
「そう言われましてもねえ。わたしには聞こえませんから」
「これが聞こえねえわけあるか! ああ、もう我慢ならねえ。明日文句言いに行ってやる!」
ゴン! と一際大きな音が鳴り、妻が天井を見上げた。妻は目をぱちくりとさせ、「あら、うるさいわねえ」と言った。
だからそう言ってんだろうが。
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