◇
安っぽいチェーンのファミリーレストランに
兄貴が『すごい情報を掴んだ』と言うとき、それが本当にすごい情報である確率はせいぜい五分五分がいいところだ。三割が間違った情報、もう三割が正しいけどしょぼい情報、残りの五割が、あれ、計算が合わない。とにかく彼の言う『すごい情報』の信憑性は低いのだが、それでも和也は残りの何割かの『本当にすごい情報』の可能性にワクワクしてしまう。
「またそう言って、怪しい情報掴まされたんじゃないの?」と疑うように細めてみせた目にも、期待の色が滲んでしまっていたはずだ。
「いや、今回は間違いない。確かな筋から仕入れた情報だ」兄貴はこちらに顔を寄せ、声を落とした。「とある大富豪が、とあるオンボロアパートに引っ越したらしい」
「『とある』ばっかりだ。なんにも分からないじゃないか」和也は笑う。
「そこは今から説明するんだよ。いいか、和也。これはチャンスだ。そのアパートは、本当にオンボロだから、セキュリティがガバガバなんだ」
「ガバガバかあ」
「ガバガバだ。いざとなれば、壁に穴を開けて侵入することだってできる」
「そりゃあガバガバだね」
「ガバガバだ」
「でも、なんで大富豪なんかがそんなオンボロアパートに住んでるんだよ」
「それは知らねえよ。金持ちの道楽とかじゃねえのか」
「貧乏暮らしを体験してみよう、みたいな?」
「きっとそうだ」
「それはちょっとムカつくなあ」
「だろ? だから、そのムカつく金持ちから金を奪い取ってやるんだ」
「ガバガバのアパートから?」
「そうだ」
「そんな所にお金なんか置いてるかなあ」
「置いてるんだよ。確かな情報筋によれば、そいつらがアパートに持ち込んだ荷物の中に、一億円入ってる鞄があるらしい」
「一億円?」和也の声がひっくり返る。「そりゃあすごいなあ」
「和也。これがアパートの鍵だ」
兄貴はテーブルに鍵を置いた。片側にギザギザが付いている、古いタイプの鍵だ。これがギザギザではなくブツブツだとピッキングで開けるのが難しくなるのだが、合鍵があるのなら関係ない話だ。
「おまえが空き巣に入って、一億円の入った鞄を盗んで来い」
「えー!」和也は叫んだ。「嫌だよ。なんでいつも俺が実行犯なんだ」
馬鹿、大きい声出すな、と兄貴が鋭く言う。「別におまえに面倒事を押しつけようってんじゃねえよ。これは正当な役割分担だ。おまえに情報収集ができるか? 鍵が用意できるか? できねえだろ。俺が準備して、おまえが実行する。それでいいだろ」
「でも、俺の方がリスクが大きい。不公平だ」
「我儘言うなよ。それに、おまえが知らないだけで、俺にだってリスクはある」
「それでも不公平だよ。兄貴いつも俺に分け前三割しかくれないじゃんか」
「あんなあ、こっちは経費が色々かかってんだよ。多めにもらって当然だろ。でもまあ、そうだな。今回は一億も入るからな。成功したらおまえに半額やってもいい」
「え! ほんとに?」
「馬鹿、大きい声出すな」兄貴は再び言った。「一億手に入ったら、だからな。そしたらおまえに半分やっても手元に三千万残るし、まあいいだろう」
「兄貴、いつも俺のこと馬鹿馬鹿言うけどさ、馬鹿は兄貴の方だよ。計算が間違ってる。一億の半分なら五千万だ」
「バーカ。合ってんだよ」
「間違ってるよ」
うるせえ、と兄貴は虫を振り払うようにした。
「いいか、和也。よく聞け。場所はさくら荘の二〇三号室、御園家だ」
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