第43話 愛する夫は子犬でもヒーローだった。最終話&エピローグ

 とうとうガイルが現れた。


 真っ黒い霧に包まれ禍々しい身体はさらに醜くなってもはや人ではなかった。


 顔は鬼のように真っ赤になり頭の上には金色の角が生えている。


 手はかぎ爪のようになった爪が鋭く伸びていて服は跡形もなくなり肌は黒い甲羅のようなもので覆われていた。


 「きゃー。化け物よ。グレン急いで…」


 ガイルの顔が壁を伝う子犬に向けられた。


 「何を!」


 ガイルが子犬に向かって口からねばねばした緑の液体を吐き出す。 


 「プシュッ!プシュッ!」


 液体が触れた壁が酸で溶けたようにしゅぅーと溶けて行く。


 グレンは巧みにそれをよけて行くが、さっき転移魔法を使ったので魔力は残っていない。


 女神像までは自力でたどり着かなくてはならない。


 壁伝いにおまけに高さはかなりある。落ちたら例えグレンでも命はないかも知れない。


 それでもかまわずグレンはひたすら女神像を目指す。


 その小さな足はどう見ても壁をよじ登れるような足ではないのだが、それでも必死で壁を登って行く。


 ”俺は絶対にアリシアを助ける。俺の唯一なんだから”


 グレンは何度も落ちそうになるたびに心の中でそう言い聞かせ勇気を奮いたてせた。



 アリシアは見ていられなくて化け物と化したガイルに向かって声を上げる。


 「あなたの敵はこっちよ。さあ、来なさいよ。これでもくらえ!!」


 アリシアはそうはさせるかとガイルにめがけて手をかざす。


 白い光を目の前で増幅させて玉のように固めるとそれをガイルに向かって打ち付ける。


 「ドスッ!」鉄の塊のような玉がガイルの身体に穴をあける。


 だが、すぐにその穴は塞がって行く。胸の中に取り込んでいる暗黒の揺らぎの力なのだろう。


 それでもアリシアは何度も攻撃の手を緩めずグレンを助ける。


 その様子を見ていられないとグレンが吠える。


 「くぅーん。くぅーん。わぅおーん。ぐわぁおん」(ありしあ~ありしあ~。クッソ。覚えてろ!)


 グレンは必死で女神エイル像にたどり着くとその額に取りつけられている大地の恵みの所までよじ登り、その玉を前足の爪で引き抜こうと奮闘する。



 苦労してやっと大地の恵みを外すとそれをしっかりと口にくわえる。


 そして下を見た。


 アリシアがガイルに光の玉を打ち付けているがガイルの身体はすぐに再生している。


 「…グルゥ…」うなり声を出すが口を開けばくわえている玉が落ちてしまう。


 ”アリシア~クッソ…あいつ。殺す!”そんな事を思ってもこんな体ではと焦りが‥


 くっ!そんなことさせるかよ!


 グレンは危険など顧みずにアリシアの元にめがけて飛び降りた。その高さはガイルよりもはるかに高い。


 「どさっ!」可愛いふわもこの身体がアリシアの胸の中に飛び込んだ。


 狙い通りアリシアの懐に「ボスッ」ときれいにはまり込む。


 思わずやったぜ俺!と小さな足でガッツポーズ。


 「きゃっ!グレンッ!あなたあそこから?」アリシアが驚いて奇声を出す。


 子犬のグレンは堂々と顔を上げた。


 アリシアの目の前にくわえた玉をこれを見ろとばかりに見せる。


 「グレン…大地の恵みね。ありがとう。これさえあればきっと」


 アリシアは大地の恵みを胸に押し付けると大地の恵みが一気に光るを解き放った。


 それを見たガイルはアリシアに突進してくる。


 「わぉぅぉぉぉぉぉん!」(そうはさせるか!)


 グレンはアリシアの前に立ちはだかり構えるが、一瞬でガイルの跳ねのけられて子犬は空中を舞う。


 「くぅーん~」(アリシア~)


 「ぐれーん。ㇰッ!よくも私の大事な夫を…やってくれたわね、もう容赦しないから!」


 アリシアは渾身の力を込めて手をかざした。


 胸の中に取り込んだ大地の恵みの力がみなぎるほどのパワーをアリシアに与えた。


 その眩しいほどの強力な光がガイルの身体に鋭い牙のように襲い掛かる。


 身体のど真ん中を射抜いた光はそこから放射状に広がってガイルの身体の全てを包み込むと空中爆発を起こした。


 ガイルは瞬時に消えていなくなり、空中に真っ黒い暗黒の揺らぎが浮いていたがそれも一瞬で砕け散った。



 「わぅおーん。くぅーん、くぅーん。わおおん…」(大丈夫か?ありしあ~ありしあ~俺の…)


 グレンがアリシアの胸に飛びつく。


 「グレンこそ大丈夫?怪我はない?」


 「わぉん、くぅーん、わぅおーん」(大丈夫だ。アリシアこそ大丈夫か?)


 「ええ、…いたた。脚くじいたの忘れてたわ」


 アリシアがその場にうずくまる。グレンはアリシアの顔をぺちゃぺちゃ舐め回している。


 「グレンのおかげよ。あなたがいなかったら私、死んでたわ」


 「きゃん、きゃんきゃん。くぅーん、わん!」(そんなの当たり前だろう!アリシアのためだ)


 「もう、グレンったら大好き。こんな姿でもあなたは勇敢なのね」


 アリシアはグレンを抱き上げると口に思い切り吸い付いた。


 「ちゅうっ!」


 「ペロペロペロペロペロペロ……」お返しはひっきりなしの舌舐め。


 コロンと音がしてアリシアの身体から大地の恵みが抜け落ちた


 「「エイル様ありがとうございました。おかげで助けりました。これからも私たちを守って下さいね。わぅおーん」」



 しばらくして騎士隊が到着した。


 レオンがアリシアを見つけると駆け寄った。


 「王妃様ご無事ですか?」


 「ええ、何とか。ガイルが暗黒の揺らぎを取り込んだみたい。大地の恵みのおかげで助かったわ」


 「ワン!」(ご苦労!)


 アリシアに抱かれた子犬がご苦労と声を上げる。


 「な。何ですか?この汚らしい子犬は…王妃、私が処分してきますので」


 レオンが手を伸ばして子犬を捕まえようとした。


 「グルゥ、シュゥゥ!がふっ…」(俺を誰だと思ってる。お前のご主人だぞ)


 威嚇するように子犬がレオンに向かって吠えた。


 「だめよ、このイヌは勇敢にも私を助けてくれたのよ。これは私が連れて帰りますからあなたは手出ししないで頂戴!」


 「こんな子犬が?いえ、失礼しました。ではすぐに王宮に」


 「私たちは転移して帰るから、レオンこれを女神像に戻してくれない?」


 「これは、大地の恵み?はい、すぐに…」


 レオンは部下に命じてはしごを用意させて大地の恵みを女神像の額にきちんと戻した。


 それを見届けたアリシアは子犬化したグレンを抱くと離宮に転移した。


 ***


 アリシアはグレンと一緒に部屋に転移した。


 「グレン大丈夫?どこも痛くない?もう、あんな高いところから飛び降りるなんて…」


 抱いていたグレンの顔を覗き込むとまた頬ずりした。


 「くぅーん。くぅーん。わわわん」(アリシア~アリシア~もっとして)


 「あなたはやっぱり私のヒーローだわ。そうだ!じゃあ、今日は特別に一緒にお風呂に入ろうか?だって私うれしくって…」


 「わふっ!わぉぉぉん」(ほんとか?入る入る)


 いままで子犬の姿でアリシアと一緒に風呂に入ったことはない。


 いや、人間の姿の時でさえアリシアは恥ずかしがって一緒に風呂には入ってくれない。


 なのに…グレンのテンションはマックスになる。


 「うふっ、そんなにうれしいの。もう、グレンったら。すぐにお風呂の準備して来るから待ってて」


 アリシアは鼻歌を口ずさみながら機嫌よくお風呂に行った。


 グレンはいてもたってもいられず床に下ろされると興奮しまくってくるくる回り始める。


 ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる。ぐぅ?るぅ?


 あれ?頭がくらくらする。な、なんだ?あっ!こてん!


 グレンは回り過ぎてめまいを起こして倒れた。


 侍女はもう下がらせていたのでアリシアがお風呂の準備をしていた間の出来事だった。


 「グレン?どうしたの?やっぱりさっきどこかぶつけたんじゃ?お風呂は入らない方がいいわね。すぐにベッドに…」


 アリシアは急いでグレンをベッドに横たえる。


 「くぅーん。わわん」(アリシア違うんだ)


 「だめよグレン。少し横にならなきゃ」


 冷たい布を持ってくるとグレンの頭を冷やしてやる。


 治癒魔法もかけてもらうとグレンはそのまま夢うつつになってしまう。


 「グレンやっぱり今日はこのままゆっくり休んだほうがいいわ」


 アリシアは眠ってしまったグレンにそっとキスをするとお風呂に入った。


 戻って来るとベッドに滑り込んでグレンを抱きしめる。


 グレンはすやすや夢の中でアリシアはそっとグレンを抱きしめた。


 「やっぱり子犬のグレンってかわいい。もうめちゃくちゃ愛しいんだから…愛してるわグレン。ずっとずっと一緒よ。私のヒーロー」


 アリシアはひとしきりグレンを撫ぜさすると腕の中に閉じ込めるようにして眠りに着いた。


 ***


 翌朝、太陽が昇り始めるとグレンの身体は人間に戻っていた。


 グレンは目覚めるとアリシアを腕の中に抱きしめていた。


 「うん?あれ?ここは?…あっ!アリシアと風呂に…あぁぁぁぁぁぁ、しまった!!」


 昨夜の後悔に怒涛のため息が出た。


 昨晩は浮かれ過ぎて倒れてしまった。何たる失態。一緒に風呂に入れるチャンスだったのに…


 ふとアリシアを見る。


 さすがにアリシアも疲れたのだろう。まだぐっすり眠っている。


 グレンはぐっすり眠るアリシアの視線を落とす。


 アリシアの活躍を思い出し思わず顔がにやけた。


 しかしアリシアは凄かったな。


 昨日のアリシアはまるで女神が舞い降りたかのように気高く美しく誇らしかった。


 グレンは我慢出来なくなってそっとアリシアの髪に手を伸ばす。


 乱れた髪も、少し薄桃色をした艶やかな肌も、投げ出された腕も、閉じた瞼で微かに震えるまつ毛も、花びらのように薄く開かれた唇も、何もかもが愛しい。


 俺のアリシア。これからもお前を命に代えても守るからな。


 そして死ぬまで一緒にいてくれよな。


 心から愛してるアリシア俺の唯一。


 グレンはその朝強く強く心にそう誓った。


            


  ーエピローグ=


 その後ティルキア国の国王がルキウスに戻ると正式にアラーナ国の国王と王妃が招待された。


 ルキウスはアリシアにこれまでの事を深く謝りこれからは新たに親子関係を築いていきたいと言った。


 もちろんヴィルフリートの事も知っていてヴィルは国王の側近として仕えることになった。


 国王になることはないが国王の子供として地位も名誉も与えられヴィルの将来は安泰だろう。


 アリシアはグレンと一緒にルキウスに会い、今までの憎しみやこだわりは捨ててこれからは親子として付き合いをして行こうと話をした。


 グレンもそんなアリシアやヴィルの事を喜んでくれて何よりアラーナ国とティルキア国はこれまでにない友好関係になった。


 これからは二つの国が協力してより良い国になって行くだろう。


 アリシアの未来もヴィルフリートの未来も輝き始めたばかりだ。




                     ~おわり~






 今回最初は少なっかったアクセス数でしたが、段々と増えてたくさんの読んでいただいて本当にうれしいです。まだまだ未熟者ですがこれからもよろしくお願いします。本当にありがとうございました。はなまる


 

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殿下、決して盛ってなんかいません!私は真面目にやってるんです。おまけに魅了魔法効かないじゃないですか!どうするんです? はなまる @harukuukinako

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