第42話 アリシア危機!

いつもたくさんの方に読んでいただきありがとうございます。明日はいよいよ最終話。どうぞ最後までよろしくお願いします。はなまる


本文



 「アリシアー。アリシアー。アリシア」


 その声は地響きのようにあたりの空気を揺らす。


 アリシアは馬車の中で震えあがる。


 「誰?誰なの?」


 馬の嘶きが聞こえて「どしゃん。ばこん。がしゃーん」暴走していた馬車が大きく揺れて止まった。


 馬車の扉が一気にはぎ取られ大きな男が現れた。


 銀色の髪は振り乱されその目は真っ赤で吊り上がり口は大きく裂けている。


 化け物のような身体には、着ていただろう服がちぎれて張り付くように残っている。


 その胸の奥に真っ黒い玉が渦巻いておどろおどろしいほど光っているのが見えた。


 「こ、これは…化け物」


 アリシアは馬車の中でしたたかに身体をぶつけて床に倒れてた。


 そのまま恐怖で身体が動かない。


 「お前のせいだ…お前のせいだ…お前さえ連れ戻せば元通りになる」


 化け物になった男がそう何度も叫ぶ。


 アリシアはその顔がおぼろげながらガイル大司教に似ていることに気づいた。


 「まさか…ガイル大司教?も、もしかして暗黒の揺らぎを?」


 「アリシア。ああ、力がみなぎる。お前を連れて行くことなど造作もない。さあ、来い!」


 アリシアを引っ張り出そうと大きな手が伸びて来る。


 「いや~!」


 アリシアは瞬時に力を放つ。


 神の祝福を受けてからのアリシアは転移魔法も治癒魔法も浄化魔法も格段アップした。


 手のひらをその胸にある暗黒の揺らぎに向ける。


 「ぐふっ!」


 一瞬ガイルの身体が止まる。


 アリシアの真っ白い光が胸に当たるとガイルの胸の中の玉の光が吸い取られて行くようで力が失われて行くらしく、彼の身体がかしいだ。


 だが、ガイルはその光を押しやるように振り払う。


 「くぅ…そんなものが通用するとでも?」


 ガイルは力を解き放ちアリシアの身体を吹き飛ばす。


 アリシアは馬車から放り出されて地面に叩きつけられた。


 ガイルの酷く浅ましいその憎しみがどす黒い霧状になってアリシアの身体にまとわりつく。


 「うっ、苦し…はっ、ぐれん。助けて…」


 その霧のせいで息が出来ず意識を失いそうになる。アリシアの胸のペンダントが光って危険を知らせる。


 どうすればいいんだろう?こんな毒々しいものになったガイルを倒すには…


 ああ、エイル様…そうだわ。


 アリシアは思い付く。そうよ。大地の恵み!あの玉があればきっとガイルを浄化できるんじゃ?


 何とかして教会に行かなきゃ。大地の恵みは教会にあった。


 アリシアは力を振り絞って教会に転移した。


 ガイルはアリシアが消えて驚く。


 「うっ?どこに行った?アリシア、逃げられるとでも…すぐに見つけ出す」


 ***


 グレンは遅くまで執務室で仕事中だった。今夜は朔の日。


 おっ、そろそろ離宮に戻った方がいいな。ふたりは王宮内にある離宮に住んでいた。


 アリシアはきっともう離宮に帰っている頃だろう。何しろ俺が子犬になる日はあいつすげぇ喜ぶからな。


 グレンの顔は知らず知らずの間にほころぶ。


 ベッドで一緒に俺を抱いて寝れるだなんて言って、散々俺の事を子ども扱いするんだ。


 俺だって好きで子犬になる訳じゃないんだからな。


 でも、そんなアリシアも好きだけど。今夜は子供に帰った気分でアリシアに甘えてやる。


 離宮に戻ってまだアリシアが帰っていない事が分かるとグレンは苛立った。


 こんな日にどうしてまだ帰ってないんだ。アリシア、いい加減にしろよ。俺が心配することくらいわかってるだろう?


 グレンはいらいらしながら帰りを待つ。


 そうこうしているうちに太陽は沈んでしまい子犬の姿になってしまった。


 離宮の侍女たちは朔の日は早めに仕事を終えさせる。グレンが子犬になる事を知られては困るからだ。


 屋敷の中は静かになって使用人たちは離宮から引き揚げたらしい。




 グレンとベルジアンは書斎でアリシアを待っていた。ちなみにグレンは執務机の上に座っている。


 「ワン!ワオン、ワンワン」(おい、まだ帰らないのか?)


 「はい、かしこまりました。ただいま見てまいります。肺か、あまりご心配なさらずに護衛の騎士が付いております」


 ベルジアンはイヌ語までわかるらしくグレンに頭を下げると部屋を出て行く。


 グレンはそう言われてまあそうだがと思う。アリシアの事となるとつい心配が過ぎてしまうとわかってはいるが仕方がない。


 グレンは机から飛び降りると今度はソファーにちょこんと座った。


 鞘に収まった剣は執務机の上に置かれていた。


 ふと目をやると剣の装身具についている橙月貴石が光ったのを見て驚く。


 すぐにアリシアに何かあったと気づいた。


 グレンはソファーから飛び降りると扉を爪で引っかき始めた。


 「ワン!ワン!ワワン!ワオゥン!ワンワン!」(ベルジアン早く帰って来い。アリシアが大変なんだ。)


 グレンは必死で吠える。子犬だけにちっとも怖くもないのだが。


 すぐに扉が開いてベルジアンが入って来る。


 「陛下どうされたんです。表にまで鳴き声が聞こえてますよ」


 「ワゥオーン!ワゥオーン!ワワン、ワンワンワゥオーン」(危険が迫ってる。アリシアのところに行く)


 グレンは執務机の上に飛び乗ってアリシアの危険を知らせる。


 「ああ、これは…アリシア様の身に危険が迫ってるんですね。陛下落ち着いてください。まずはアリシア様の居所を…」


 グレンは鼻にしわを寄せて顔をしかめる。


 朔の日。この忌まわしい日になんで?


 俺の魔力はほとんどなくなるって言うのに…どうするんだ。


 それでもグレンはぐっと力を入れて脚を踏ん張り力を集中させる。


 身体中にまとわりつく魔力を感じて来る。


 もしかして…神の祝福を受けたから力が?初めて迎えた柵の日だったが思わぬ贈り物にグレンは女神エイルに感謝した。


 グレンは驚きながらも急いで力を身体にまとわせる。


 意識を集中させてアリシアの居場所を探る。そして教会にいることを突き止める。


 グレンは机の上に広げ地図の教会を足で指し示す。


 「教会ですか?わかりました。すぐに騎士隊に出動要請をします。陛下はここで待っていてください。そのお姿ではどうすることも出来ませんのでいいですね!」


 「グルッ!シュッ!フゥゥゥ…」(えっ?そりゃないだろう?)


 気に入らないと一声吠え、唸り声を上げる。


 「ですが…無理です陛下。ここでお待ちを!」


 ベルジアンは部屋を飛び出して行く。


 グレンは待ってなどいられなかった。どんな状態かもわからずアリシアの身に危険が迫っているというときにこんな所で待ってなどいられない。


 どれだけの力が使えるかはわからない。でも神の祝福だ。きっと何とかなる。


 グレンは子犬のまま転移する。


 その瞬間、今朝アリシアから転移魔法を使うなと言われたことを思い出しガクンと頭を下がったが、今はそれどころじゃないんだと頭を上げた。



 グレンは教会の祭壇の前に転移した。


 何しろ小さいので辺りを見回すにも時間がかかった。


 クンクン匂いを嗅ぎながらアリシアの居場所を突き止めようと動き回る。


 「くぅーん…くぅーん…わぉーん」(ありしあ~ありしあ~どこだ~)


 「グレン?グレンなの?私はここ。ここよ。馬車から落ちた時足をくじいたみたいで歩けなくて…」


 グレンは声のした方に走る。


 アリシアは女神エイル像の前でうずくまっていた。


 アリシアはここに来てすぐに女神エイル像についた大地の恵みを取ろうとしたが、女神像は自分の身長よりかなり高い位置にあってどうしても取ることが出来なかった。


 「くぅん。きゃん。くぅーん」(良かった。心配した。アリシア~)


 グレンはアリシアの顔を舐め回し顔を頬に擦りつける。


 「グレンったら、ねえ、お願い、女神の像につけてある大地の恵みが必要なの。ガイルが暗黒の揺らぎを取り込んでるの。


 もうすぐここに来るわ。グレンあの宝玉が取れる?」


 「わん?わふっ!」(あれか?任せろ!)


 グレンはアリシアの言った事を理解したらしい。


 すぐに小さな体に力を込めた。


 あれ?おかしい。魔力が…


 クッソ!転移したせいで魔力切れか!こうなったら自力で行くしかない。


 グレンはその小さな体で壁に飛びついた。


 「グレン?大丈夫?落ちたりしないでよ」


 アリシアの心配そうな声が聞こえる。


 「わん!くぅーん。わわん」(ああ、アリシア。任せろ!)


 グレンは短い脚でまた一歩壁を登った。




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