第38話 今度は私が助けるから
ガイルは急いで扉を開けて廊下に向かって叫び声を上げる。
「誰か。魔狼だ。こいつを殺せ!早く剣を持て!」
それを聞いて駆けつけたのはゴールドヘイムダル隊長のレオンだった。
「何をしている、アリシアが襲われてもいいのか?」
ガイル大司教が怒鳴り声を上げる。
狼と一緒にいるアリシアを見たレオンはとっさに剣を奮う。
グレンはアリシアをはねのけた。だが、相手が知った人間だと躊躇して一瞬退くのが遅れる。
グレンの身体から血しぶきが上がりグレンは大きく身体をしならせて床に倒れこんだ。
「レオンよくやった。こいつは魔狼に違いない。アリシアの身体に取りついていたんだろう。アリシアが気が付いて身体に入っていられなくなって出て来た。さあ、とどめを!」
ガイル大司教はそう言ってレオンに指示を飛ばす。
レオンはすっと前に出て狼にとどめを刺そうと剣を振りかぶった。
「アリシア危ない。そいつから早く離れろ!」
アリシアは狼の上にかぶさった。
「やめて!狼はグレンよ。魔狼じゃない。私は魔狼に取りつかれてなんかいないわ。そんなことわかってるじゃない。この汚いどぶネズミ。そんなに自分の身を守るのが忙しいの?私を聖女にしなかったら困るものね。マイヤはいなくなるし他の聖女じゃティルキア国の結界を張るほどの力はないから。こんな国崩壊してしまえばいい。自分たちで守れない国なら朽ち果ててしまえばいいのよ。これ以上私たちに関わらないで!これ以上グレンを傷つけたら許さないんだから!」
アリシアはうなるように声を上げる。
アリシアは最大限の力を使ってグレンを抱きしめると驚いた事にアリシアの身体もみるみるうちに狼に変身した。
そして一瞬のうちにその場所から消えた。
アリシアが転移したのはリオスにある診療所だった。
アリシアもグレンも狼に変異した姿はもうなく人型になっていた。
「助けてウートス。グレンが死んじゃう」
「アリシア、俺はこれくらいじゃ死なないから…大丈夫だ。お前さえいてくれれば…あの演説すごかったな。それにアリシアお前狼に変身して…俺うれしかった」
そう言ってグレンは気を失った。
「もう、グレンそんなのいいから…ウートスってば!」
ウートスはアリシアの叫び声に家から飛び出て来た。
グレンは腹から血を出していてふたりで家の中に担ぎ込んで手当てをする。
「ウートスどう?グレンは助かるわよね?」
「アリシア落ち着いて、さあ、息をゆっくり吸ってそしてアリシアの力を手の平に込めて魔力を傷に…いつもやってるだろう?まったくこの人がグレンかい。アリシアのいい人だろう?」
「ええ、でもどうしてそれを?」
「アリシアあんたわかりやすすぎだよ。それに国境でアラーナの人を助けたすごい人はアラーナ国の今度の国王陛下の婚約者だってみんな知ってるんだ」
「うそ!」
確かに国境でのことは隠せないと思っていたがまさかグレンとのことまで知られているとは思っていなかった。
だとしたらベルジアン様とのあのやり取りは一体何だったのか?それにグレンもどうしてそんな事に気づかなかったのか?
あっ、私が死んだって聞かされてそれで暴走しちゃったって事?
やっぱりグレンには私が必要だわ。
「アリシアいいから早く手当てをしておやり」
「まあ、そうでした。ごめんグレン、今すぐ手手当てするからね」
グレンはぐったりして気を失ったままだ。
アリシアは一気に力をグレンに向けた。
グレンの傷があっという間に治って行く。
「グレン、あなたを死なせたりなんか絶対しないから安心してね」
アリシアは傷を見てきちんと治ったか確認するとほうっと息をついた。
グレンがこらえきれずクスッと笑った。
「グレン気が付いてたの?もう、心配したんだから!こら!目を開けなさいよ!」
グレンが目を開けてアリシアをじっと見つめる。
「だってアリシアが俺と同じことを言うからおかしくてさぁ…」
アリシアは腕を組んで考える。
そしてアリシアを助けようと声が聞こえた時の事を思い出す。
私と同じことを言ってたわ。とアリシアは真っ赤になる。
「それにアリシアの狼の姿は初めて見た。もう一回みたいな。今度見せてくれよ」
「あれは弾みで…もう一回できるかどうかわからないし…でも見てたなんて知らなかったわ」
アリシアだって初めてなのに今度出来るかなんてわからない。
「そうなのか?じゃ、一緒に練習しような」
「それより平気?」
「当たり前だろう。俺が自分の怪我くらい治せるって知ってるくせに」
グレンの瞳がまばゆいほど緩む。
「グレン!もしかして平気だったの?」
「まあ…でもちょっと油断した。レオンは知ってるから飛び掛かるのが一歩遅れた。でも、だからと言って俺がやられるとは限らないだろう?」
「もお!グレンったら、私がどれほど心配したか知ってるでしょ。そうならそうと言ってくれれば良かったのに…気を失ったふりをしてたのね。もう、知らない!」
アリシアは本気で怒ったらしく、プイっと顔を背けてしまった。
グレンは慌てて起き上がるとアリシアの顔をくるりと自分に向ける。
「アリシアに手当てしてもらったんだ。これがどんなにうれしいかわかるか?アリシア愛してる。だから許してくれよ」
「いやよ!もう、グレンなんか」
グレンは立ち上がると脚をドンドン言わせて地団太を踏む。
まるで駄々っ子見たいとアリシアはつい笑ってしまう。
グレンはそんなアリシアが愛しくてたまらなくなり彼女にキスをした。
「アリシア、俺の唯一。愛してる」
「グレンも私の唯一よ。愛してるわ」
グレンとアリシアは手を取り合って微笑みあう。
「何だか結婚式の誓いの言葉みたいね」
「ああ、アリシア帰ったらすぐに結婚しよう。いいだろう?」
「ええ、グレンうれしい」
「良かった。また断られるかと思った。ほんとにいいんだな?」
「もちろん。離れてみて初めて知ったわ。あなたとは離れられないってわかったの。もう迷わないわ。あなたは私の番だってよくわかったわ」
「アリシア…今なんて?番って?アリシアも俺と番だって認めるのか?」
「ええ、もうずっと前から気づいてたわ。でもあなたは国王になるかもしれないしそうなったら私はふさわしくないと思ってたから…」
「そんな。番は絶対に離れられないって言っただろう?」
「うん、今回の事でよくわかったの。すごく辛かった。グレン会いたかった」
アリシアはグレンに抱きついた。
グレンは脳はトロトロに蕩ける。アリシアの香りをいっぱいに吸い込むともう一度甘いあまーいキスをして首筋を甘噛みして自分の印をつけた。
「やっ、いたっ!もうグレンったら」
「俺のものだってあ・か・し!」
そう言うとグレンの頭がふにゃふにゃに溶けたようにアリシアの肩口に傾けられた。
そこにウートスが現れた。
「コホン!」
ふたりはパッと離れる。
「ウートス、あの、これは、違うの」
アリシアは真っ赤になってもじもじする。
グレンはびしっと差筋を伸ばして顔をウートスに向ける。
ウートスはグレンに一礼する。
「これはこれはアラーナ国の国王陛下。ご無事で何よりです。私はウートスと申します。ここでアリシア様と一緒に働いておりました。ですが今日限りアリシアには辞めてもらいます。治療が終わったらすぐにお引き取りをお願いします」
ウートスはまるで別人のように礼儀正しく言葉使いもていねいでアリシアは驚く。
「そんな…ウートスひどいじゃない。私は帰って来るって言ったじゃない。どうして…」
「アリシア様、ここであなたに出来る事はありません。ここに帰ることは許しません!」
ウートスの気持ちは変わる気はないらしい。
グレンはアリシアが取り乱しているので彼女を抱き寄せ背中をさするくらいしか出来ない。
でも、アリシアはそれ以上言えなくなった。
ウートスは泣いていたから。
これはアリシアを想っての事だってわかったから。
ここにいて欲しいとウートスが言えばアリシアはここを去っては行かないと分かっているから。
だからこんなひどい事を言って追い出そうとしているのだと気づいたから。
アリシアは一筋涙を流すとにっこり笑った。
「ウートス…ありがとう。私、グレンと一緒に行くね。そして幸せになるから。ウートスも無理せずにね。時々遊びに来ることは許してくれるでしょう?」
「そうですね。アリシア様も治癒師の端くれ、薬草など必要なこともあるでしょう。その時はいつでもお越しください。この婆が何でもご用立ていたしますので」
アリシアはもう泣きじゃくって言葉が出てこない。
グレンが変わってお礼を言った。
「ウートス。アリシアの事ありがとう。これからもよろしく頼む」
「もったいないお言葉です。では、どうかお元気で」
「アリシア行くぞ。アラーナ国の王宮に帰ろう。これからはそこがお前の家だからな。もう二度とどこにもいかないと誓ってくれよ。でなきゃお前を閉じ込めてしまうかもな」
「ええ、二度とあなたのそばから離れないって誓うから心配しないで。ウートスありがとう。さようなら、元気でね」
ふたりは手を取り合って別れを惜しんだ。
「はい、アリシア様もお元気で」ウートスも涙で言葉にならない。
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