第37話 グレン、アリシアが生きていると知る
ガドーラに見せると思った通りアリシアの身に何か危険が迫っているとわかった。
グレンは急いで身支度を整えた。
何しろ毎日狼の姿になって森を走り回っていたのだ。
髪はぼさぼさ髭は伸び放題だった。
身支度と整えマントを羽織るとグレンはアリシアの元に転移した。
グレンはティルキア国のべズバルドルにあるアラーナ山の大聖堂で横たわっているアリシアの所に一瞬で転移をした。
いきなり目の前に見えたのは青白い顔をして横たわったアリシアだった。
それでもグレンに取ったらアリシアが生きていた事がうれしくて胸が熱くなった。
「アリシア…ああ、君が死んだかと…俺がどれほど苦しんだか生きていたんだね。良かった。良かったよ…」
アリシアのベッドに駆け寄り彼女の手をそっと握る。
その手は力なくだらりと垂れたが温かかった。
「グレンお前どうして?アリシアが危ないってわかったんだ?」
声を掛けて来たのはヴィルだ。
グレンははっと振り返る。
「ヴィル、アリシアになにがあったんだ?それでどうなんだ?アリシアは助かるんだよな?」
ヴィルは聞かれたことに応える余裕はなかった。
いきなりのグレンの出現に驚いていた。
「お前こそどうやってここに?あっ、そうか。グレンは転移魔法がつかえたんだ。でもそれなら何でもっと早く来なかった?アリシアがこんなになる前にお前がいたらこんな事には…」
そしてさらにグレンを責めた。
「待ってくれヴィル。俺はアリシアが死んだと聞かされてずっと魔獣の森で苦しんでたんだ。でも剣の装身具につけていた石が光ってガドーラに効くとアリシアが危険な合図だって聞かされて急いでやって来たんだ。それで何があった?」
ヴィルはそう言われてやっと事情が呑み込めたらしく今までの事を説明した。
オルグの泉でドークが現れてアリシアが魔力を使い過ぎたことやもしかしたら魔界に引き込まれているかもしれない事を話した。
「わかった。すぐに俺の魔力をアリシアに…心配するな。もし魔界に引き込まれたいたとしても俺が連れ戻すまでだ。アリシアを死なせるかよ。絶対に助けるからな。安心しろ!」
グレンはアリシアに近づくと彼女の背中に腕を差し入れて身体を少し起こした。
そしてアリシアの唇に自分の唇を重ねる。
そうやってグレンの魔力をアリシアに注ぎこんで行く。少しずつ少しずつ何度も唇を重ねては様子を見ながら…
どれくらい時間がたっただろうか。
アリシアが声を出した。
「ぅうん…ぁ……あっ」
そして目を薄っすらだが開けた。
「アリシア。気づいたか?どうだ気分は?」
グレンはアリシアを覗き込んで様子を伺う。
その横でヴィルとレオンが声を掛ける。
「気づいたのか?アリシア大丈夫か?お前はオルグの泉で黒い霧に包まれて気を失ったんだ。どうだ気分は?」とヴィルが効いた。
「アリシア大丈夫か?心配したぞ。良かった。グレンが来てくれてアリシアに魔力を注いでくれたんだ」続いてレオンも声を掛けて来た。
「ちょ、お前ら黙ってろよ。アリシアが混乱するだろう?アリシア…」
グレンは自分のものだとアリシアをぎゅっと抱きしめる。
「グレンなの?ど、どうしてここにいるの?」
アリシアは目をぱちぱちさせて状況が分からないままボー然としている。
「お前が生きてる。ああ…良かった。ベルジアンからアリシアは死んだって聞かされて俺がどれだけ狂ったか。魔獣の森でずっと苦しんでいた。そしたら石が光ったんだ。それでお前は生きていてでも危険な状態だってガドーラが教えてくれた。だから転移でここに来たんだ」
グレンはアリシアのペンダントに気づく。
「石って、このお揃いの?」
アリシアが自然にペンダントに手を持って行くとその手とペンダントと一緒にそこにキスをする。
「ああ、アリシア離さずに身に着けてくれてたんだな」
嬉しそうにするグレンの顔を見てアリシアはまだ意識がはっきりしない。
目の前にいるグレンはすっかり顔つきが変わっていてこれがグレン?と思うほどだ。
髪はぼっさぼっさで髭は伸び放題。まるで山にこもっていた修行者みたいで、目はすっかり落ち込み目尻にしわが刻まれている。
それでもアリシアを覗き込む瞳の奥は愛しさがこみあげて来るかのように優しく煌めいていて、ああ、この人はグレンだと思わせた。
「どうして…?」
思わずこぼれた。どうしてグレン。私は死んだって事になってて…
ううん、ペンダントが光って生きてるかもって気づいたって…
ああ…わたし、とんでもないことをしたの?
アリシアの胸にはどうしようもないほど後悔が押し寄せた。
自分が死んだと聞いて彼がどれほど辛かったかと思うと途端に胸が痛んだ。
それにベルジアンのせいじゃないって誤解を解かなきゃとも思う。
アリシアは唇を舌で湿らせると慌てて話を始めた。
「ええ、あっ、でも、違うのよグレン。ベルジアン様は悪くないの。死んだことにして欲しいって言ったのは私なの。だからベルジアン様に責任はないのよ」
アリシアは必死でそう言う。
グレンの顔が強張り身体の血液が氷ついたのかのように固まった。
アリシアに噛みつきそうな勢いで聞いて来る。
「どうしてあんな事を言ったんだアリシア。まさか俺が嫌いになったのか?」
言葉は乱暴だったが彼の顔は今にも泣き出しそうなくらい悲しそうでぐっと上がった眉はすぐに下がり目は力なく伏せられていく。
アリシアはだんだんと意識がはっきりしていくうちに自分がとんでもない間違いをしたことを確信する。
マイヤの事は計算外だったしオルグの泉での事も予想外だったけど、でも、命が危険にさらされたおかげでグレンがここに来てくれたなんて…
もう、グレンったらどれだけなのよ。
そして私を助けてまでくれて。あなたって人はほんとに。
もう二度と間違いは起こしたくないから。
何よりグレンと離れたくないという気持ちをもう抑えきれないの。
だから私はグレンの誤解を解かなければならない!
アリシアはグレンの手をしっかりと握った。
「ああ…グレン違うの。でも最初にお礼を言わせてありがとうグレン。あなたはいつも私を助けてくれるのね」
「そんなの当然だろう?お前がいないなら俺は死んだほうがいい」
「もう、グレンったら…ごめんなさい。私はあなたが国王になると聞いて自分はあなたにふさわしくないと思ったの。だからベルジアン様にあんな事を頼んでしまったの。後悔してるわ。あなたと離れてすごく苦しかった。すごく辛かった。でも仕方がないんだって…なのにあなたは私の為にこうやってまた駆けつけて私を助けてくれた。もう二度と離れないって約束する」
グレンの顔がぱっと笑顔になった。
アリシアを思いっきり抱きしめて彼女の髪に頬ずりをする。
そして少し間を開けるとペンダントにそっと手を当てて話を始めた。
「絶対だぞアリシア。もう二度と離さないからな…この石は母親の形見だったんだ。それを二つに分けてアリシアのペンダントと俺の剣の装身具に使った。あれは魔獣の森でしか取れない不思議な石らしい。好きな相手に持たせておくと危険な時に石が光って知らせてくれるなんて知らなかったけど役に立った」
「凄いのね。良かったわ。そんなすごい石だって知らなかったけどどうしてもペンダントは手放せなくて…きっとお母様が私たちを守ってくれたのよ」
「ああ、そうかもな。自分たちは離れ離れになったからな…」
「ええ、きっとそうよ」
やっとふたりで微笑んでいたところにガイル大司教がやって来た。
アリシアの意識が戻ったと聞きつけたのだろう。
「アリシア気が付いたのか?お、お前はアラーナ国のシーヴォルトで、いや陛下。こんな所で何を?」
「アリシアを迎えに来た。意識も戻ったしこれで失礼する。アリシアとは予定があって急ぐので」
「いや、そういうわけにはまいりませんな。アリシアにはティルキア国で聖女としての役目があるのです。申し訳ありませんがあなたと行かせるわけには行きません」
「ガイル大司教そんなの話が違います。私はもう聖女をするつもりはありません。それに魔狼を倒した時だってあなたは私のせいにして私を捕らえようとしましたよね?誰が貴方の言う事なんか聞くもんですか!」
グレンはアリシアを庇って彼女の前に立ちふさがる。
ずっと狼の姿だったせいか感情が高ぶると人型と保っているのが辛いのか。
「グルゥ。ウゥゥゥ…」
うなり声を上げ始めると牙がむき出しになり毛が逆立ち四つ足になって身体は狼になっていた。
狼になったグレンは今にもガイルに飛び掛かりそうだ。
「グレン!いけない!」
アリシアはグレンの首に腕をまわした。
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