第36話 グレンの暴走

 そう言えばグレンはどうなったのだろう?


 あれから王宮を飛び出すとどこをどんなふうに走ったかさえわからない。


 どうしてそこに向かったかさえも。


 走り出した身体は勢いに任せたまま感情をむき出しのままただひたすら走った。


 どうしていいかもわからずアリシアが死んだなんて嘘だ!噓に決まっている。


 そんな言葉ばかりが脳内にこだましていた。


  そしてたどり着いたのは魔獣の森だった。グレンにしてみればそんな事さえも気づいてはいなかったが。


 グレンは狼の姿のまま魔獣の森に入る。


 魔族たちがグレンが来たと騒ぎガドーラに知らせる間もなくグレンは魔王ガドーラの住まう王城にたどり着いた。


 グレンはガドーラの姿を見ると声を張り上げた。


 「ガドーラ!アリシアが死んだ。俺の唯一が…俺は…」


 そう言うとグレンはばたりと倒れ込んだ。


 グレンの肉体はとうに限界を超えておりここに来るまで魔力をほとんど使い果たしていた。


 ガドーラはグレンをすぐに客間に運ばせると自らの魔力をグレンに少しだけ注いだ。


 そうやって少しずつ体力を回復させて行く。半魔族のグレンに一度に大量の魔力を与えるのは危険だと思ったからだ。


 眠らせるのは起きているとグレンがアリシアの事を思い出し興奮して暴れるからだ。


 そうやって少しずつ体力を回復させて1週間程してやっとグレンを眠りから覚ましてみる。


 「どうだグレン?少しは落ち着いたか?アリシアの事は気の毒としか言いようがない…」


 ガドーラは気が付いたグレンにそう話しかける。


 グレンはずっと眠らされていたせいでまだ寝ぼけた様子で何があったかわからないようだ。


 「俺は…」


 「1週間ほど前お前がここに走り込んで来た。アリシアが亡くなったと言って倒れたんだぞ。まったく無茶をしやがってお前は魔力を使い過ぎたんだ。お前には休息が必要だった。だから俺が少し眠らせていた。気分はどうだ?」


 「あっ!」


 グレンはやっと1週間前の出来事を思い出すとベッドから跳ね起きた。


 脳裏に怒涛のように記憶がよみがえった。


 ベルジアンからアリシアがバードに感染して亡くなった事を聞いた。


 彼女は感染者の治療をして病気に感染したと聞いた。


 彼女の持っていたペンダントを渡されて足元から力が抜けてベルジアンが走り寄って来て支えてくれた事を思い出す。


 そのペンダントを入り締めた手の中から悲しみが感染するみたいに広がって行った。


 目を閉じればアリシアの笑った顔がよぎった。


 「ありしあ…」


 グレンはアリシアの事を想う。


 お前の事だ。自分の身体の事など考えず無茶をしたんだろう。アリシアらしいよな。


 お前はそう言う女だった。いつだってみんなの為にって。


 いつだって正しい事をしなきゃって。


 だから俺は国王になろうって決めたんだぞ。アリシアお前がいるからこそ俺は頑張ろって気になれた。


 ずっと生まれた出目の事を気にしてたよな。魔族の血を引いている事にも引け目を感じていただろう。


 俺だってよくわかる。


 だから俺と結婚しないって言ってたんだろう?


 子供だって今は作れないっていってさぁ。


 でも、俺が国王になったからにはもう誰にも文句を言わせる気はない。


 魔族だろうと人間だろうとどんな生まれの者だろうと何一つ心苦しい思いをさせない国を作るつもりだ。


 だから俺は国王の仕事がひと段落ついて王宮内が落ち着いたらいうつもりだった。


 ”アリシア俺と結婚してくれよ。そして俺達の子供をたくさん産んでくれって”


 俺はそう言うつもりだったんだぞ。 


 なのにお前は先に逝ってしまうなんてそんなの許せるかよ。


 俺は認めないからな!アリシアが死んだなんて!!




 グレンはㇰシャリと顔を歪める。


 「そんなのないだろ。くっそ!」


 大きなため息を落として肩を落とす。瞳からは知らず知らずに涙がボロボロ零れ落ち泣くつもりなんかないのに涙は止まらない。


 だからといって彼女が死んだことを受け入れるわけもなく。


 心を身体がバラバラになりそうになって理性を失った。


 狼の姿になって無茶苦茶に走り出した。


 アリシアとお揃いのペンダントの橙月貴石のついた剣をくわえると王宮を走り出した。


 そうか。俺はここにたどり着いて…


 「がドーラすまん。俺は…」


 「いいんだ。番を失った悲しみはよくわかる。好きなだけここにいればいい。今は感情のまま好きにすればいい。森の中で暴れ回ってもいい。叫んでもいい。酒をたらふく飲んでぐでんぐでんになってもいい。悪態をついて自分を見失ってもいいんだ。何でも好きなようにしろ。ここではお前のすべてを晒してもいい。誰も文句は言わない。だから安心しろ」


 ガドーラはわかっていると言わんばかりに何をしてもいいとグレンの背中をさすってくれた。


 グレンはいい大人だ。なのに大きな男の手に背中をさすられて何だか子供みたいに扱われているが今はそれを払う気力もなかった。


 ただ、思うようにすればいいと言われ、すべてをさらけ出してもいいと言われたことがグレンにはうれしかった。


 ガドーラは体力をつけろと大量の肉料理を運ばせてとにかく食べろと進めた。


 グレンは食べた。大量の肉を食べて体力を取り戻すとすぐに悲しみに襲われた。


 グレンはガドーラに言われた通りに森に入って狂ったように暴れ回り始めた。


 狼の姿になって一日中森を駆けまわり身体が熱を帯びれば森にある小川に入って泳ぐ。


 何をするでもなく辛い気持ちを身体を動かして無茶をする事で発散させることに熱中した。


 狂いそうになる気持ちを大きな声を上げて身体の外に吐き出す。


 悲しみで心が押しつぶされそうになると地面を転げ回る。身体中に小枝が突き刺さったり小石が皮膚に痛みを感じることでその悲しみを和らげようとした。


 今の俺はまさに野獣だと思うこともない。


 他の魔族と出会えば誰かれ構わず牙をむいたり飛び掛かる。グレンはもう無茶苦茶だった。


 魔族も事情を知っていたのである程度は見過ごしてくれた。


 そっと離れてグレンに近づいたりせずに見守ってくれた。


 そうやって毎日傷だらけになりながら日々を過ごして行った。


 だが、グレンはやり過ぎた。


 グレンは誰かれ構わず牙をむくので子供や女たちが恐れて森を歩けなくなったとガドーラの所に苦情が来たのだ。


 相変らずグレンは毎日毎日体力の限界まで暴れ回り王城に帰って来ると食べて眠る。そこには酒はつきもので毎日ぐでんぐでんになるまで酒を飲むようにもなっていた。


 ガドーラはそろそろグレンと話をしようと決めた。


 グレンは今日も暴れ回って王城に帰って来たばかりだった。


 「グレン今日は一緒に食事しないか?」


 ガドーラが声を掛ける。


 「おっ!いいですね。たまには一緒に酒を飲むのも楽しいだろうな」


 グレンは喜んでガドーラと食事を共に知ると返事をした。


 食堂にはたくさんのごちそうが並んで酒もたっぷり用意された。


 グレンは汗を流すと食堂におもむくと席に着いた。


 ガドーラもすぐに食堂にやって来た。向かい側の席に座る。


 「さあ、乾杯しよう」


 ふたりで食事を始める。


 「最近はどうだ。少しは気が晴れたかグレン?」


 グレンは骨付き肉にかぶりついたところだった。


 グイっと肉を噛み千切ると肉汁を口物から垂らしながら顔を上げる。


 「ああ、ガドーラが言ってくれたように好きなだけ暴れているからな。何も考えずやりたいようにやるって言うのは気持ちがいい」


 グレンはニヤリと笑うとまた次の骨付き肉に手を伸ばす。


 「ああ、だが、そろそろ落ち着いてもいいころじゃないか?魔族から苦情が来た。子供や女がお前を怖がっていてな…少し自重してくれないか?」


 「ああ、それは済まん。そんなつもりはないんだが何もかも忘れようとすると理性が吹き飛ぶからな…ハハハ」


 グレンはまるで別人だった。礼儀もなければ遠慮もない。それはもう獣に近いかも知れない。


 獣には理性はない。あるのは本能のまま生きていく事。


 このままではいけない。ガドーラはやり過ぎたかもと思った。


 それによく考えればアリシアが死ぬなんて、彼女も魔族の血を引くもの。バードに感染したなんておかしいんだが…


 「ところでグレン。お前のあの剣についている橙月貴石だがあれは母親の形見だろう?」


 グレンはあの日大切そうに剣をくえていた。そこにあの石が付いている事には気づいていたが今までそのことには触れなかった。


 「ああ、そう聞いている。魔族の森でしか取れない貴重な石だと聞いた。だから半分はアリシアに…ほらこれだ」


 そう言ってグレンは首からペンダントを見せた。


 ガドーラは向かいの席から身を乗り出してそのペンダントを見る。


 「これはよく似ているが違うぞ。偽物だ」


 グレンの持っていた骨付き肉がポロリとテーブルに転がる。


 ペンダントを引き継ぎると橙月貴石を食い入るように見つめる。


 「このペンダントが偽物だって言うのか?でもベルジアンがそう言ったんだ。アリシアの形見だって…どういうことだ?」


 「それに知ってるか?片割れが危険な状態になるとこの橙月貴石は光り輝くんだ。グレンお前の剣についている石は光ったのか?アリシアが死ぬ間際だったならかなり光が大きかったはずだが?」


 「そんな事…気づかなかった。でもあの頃執務が忙しくて…確かに傍らにはいつも剣を置いてはいたが光っていたかはわからない」


 グレンはそれだけ言うと食堂から走り出ると部屋に急いだ。


 自室に置いてある剣を手に取ってその橙月貴石を食い入るように見る。握りしめていたペンダントと剣につけている石を見比べその石を合わせてみる。


 「違う…」


 これはアリシアに渡したペンダントじゃない。どういうことだ?ベルジアンはどうして…もしかしてアリシアが死んだってうそなのか?でも、どうしてそんなうそをつく?


 もしかしてアリシアは生きているのか?でもどうして俺にはそれが分からない。


 いや、俺がアリシアが危険な状態だった事に気づかないはずがなかっただろう。どうしてそんな事に気づかなかったんだ。


 ベルジアンからアリシアが死んだと言われペンダントを渡されて何もかも見えなくなっていた。


 グレンはすべての機能を失い考える力も生きる気力さえも失っていた。


 でも…でも…アリシアは生きているのか?


 途端にみなぎる力が沸き上がった。


 しぼんでいた肉体に血液が行きわたり脳内が活性化して筋肉には力がみなぎって行くのが分かった。


 その時だった。


 グレンの剣にある橙月貴石が光り輝き始めた。


 「こ、これは…アリシアが危険なのか?ガドーラ大変だ。これを見てくれ!」


 グレンは剣を掴むとガドーラの元に走った。


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