第35話(下)マイヤの暴走

 アリシアは息が出来なくて苦しくて身体をよじる。


 「あっ、待って。あっ…うそ。こんなの…ああ、苦しい…‥グレン…助けて」


 苦しい息の下でアリシアはグレンの事を思い出し咄嗟にグレン助けを呼ぶ。


 だが、アリシアはそのまま意識を失った。


 すると周りの霧が泉の中に吸い込まれるように消えていく。


 そこにはドークの姿もあの禍々しい箱もなかった。


 オルグの泉はいつもの静けさを取り戻し何もなかったように穏やかだった。


 ただ、泉の前にアリシアが倒れている以外は。


 「アリシア!しっかりしろ!おい、アリシア…」


 ヴィルはアリシアが倒れている事に気づくと捕まえていたマイヤを放り出して走り出した。


 「アリシア。アリシア。しっかりしろ!」


 ヴィルたちは急いでアリシアを洞窟から運び出すと大聖堂に連れて行った。


 部屋に連れて行き医者にも見てもらう。


 ガイル大司教も騒ぎを聞きつけてやって来た。


 「これはどういうことだ?」


 レオンが状況を説明する。


 「マイヤがドークを呼び出したんだ。手には箱を持っていて金色の玉と黒色の玉があった。アリシアはそれを止めようとして手から力を放った途端真っ黒い霧に包まれて霧が泉に吸い込まれるようになくなったと思ったらアリシアは意識を失っていた」


 「マイヤの奴…ドークの持っていたのは魔界の扉を開く玉。多分マイヤが掴んでいればまた魔界の扉が開いていたかもしれんが、アリシアの魔力は善の力。ドークはその魔力を吸い込んでそれで霧が泉に吸い込まれた。ドークは力を失ったのだろう。その時アリシアの魔力はほとんど使い果たしてしまったに違いない。今のアリシアは魔力の枯渇状態に陥っているのでは…いや、もしかして魔界の方に魔力を引き込まれているのかも…」


 ガイルは拳を顎に当てて考え込む。


 「ガイル大司教じゃあどうすればアリシアは意識を取り戻すんです?」


 「魔力のある人間がアリシアに魔力を分け与えればもしかすると…」


 それを聞いたヴィルがガイルに食って掛かる。


 「じゃあ、お願いしますよ。あんたは魔力を持ってるだろう?アリシアを助けてやってくれよ。散々アリシアを利用して来たんだ。アリシアは今回もこの国を救ったんだ。助けるのが当然だろ!」


 ヴィルは我慢できないとばかりにガイルの襟をつかんで声を張り上げる。


 ガイルは困ったように顔をしかめてヴィルに掴まれた襟を引っ張ってヴィルから距離を置くと話を始めた。


 「まあ、落ち着いて下さい。ええ、もちろんそうなんですが…ご存知ないかも知れませんがアリシアの魔力はかなり大きな器でして私のような小さな器の力ではとてもアリシアの魔力を回復されることは無理なんです。どうかわかって頂きたい」


 「何もしないよりましだ。少しでも魔力を分けてやってくれよ。あんな大司教なんだろう?」


 ガイルは仕方なくアリシアの身体に向かって手をかざした。


 淡いほのかな光がアリシアを包み込んだが、しばらくするとその光は跡形もなく消えてしまった。


 アリシアは身動き一つしない。彼女はまだ意識はないままだった。


 「悪いが少し休ませてもらう。失礼する」


 ガイル大司教はふらふらしながら部屋を出て行った。


 ヴィルがアリシアのペンダントがおかしい事に気づく。


 アリシアの胸にしているペンダントの橙色の貴石がずっとチカチカ光を放ったままなのだ。


 「レオン、これなんだと思う?アリシアのペンダント。さっきからずっと光ってるだろ?」


 「なんだ?…そうだな。この石、オルグの泉で何かに触れたせいで力を持ったとか?おい、まさかアリシアの危険を知らせてるとかじゃないだろうな?いや、それともこの石、黒い霧で悪い力に犯されて…どうする?アリシアから遠ざけたほうがいいんじゃないか?」


 「いや、もしそんなものならとっくにアリシアに異変があるはずだろう?」


 「ああ、それもそうだな。しばらく様子を見るか…しかしなんだ?あのガイルって言うのは、全く薬に立たないじゃないか。あれでよく大司教なんて出来るな」


 レオンはベッドのそばに椅子を持ってくるとそこにドカリと座り込んだ。


 ヴィルもアリシアが心配でそばを離れられなかった。



 マイヤは別室に連れて行かれた。見張りをつけて拘束されていた。


 しばらくするとレオンが呼んだ騎士隊が駆け付けて事情を聞く。


 マイヤの態度はひどく悪かった。


 「何よ!どうして私がこんな所に?私は聖女なのよ。こんな扱いをしていいと思ってるの?早く大司教を呼んで頂戴!」


 「一体何を考えている?こんなことをしておいてなんだ?その態度は」


 騎士隊員はふてぶてしい態度に呆れる。


 「だって…私ほんとは聖女はやめたいってずっと話してたのよ。私じゃ結界を完璧に張ることは無理だって何度も言ったのよ。なのに大司教ったら聖女を止めることは無理だって…だから魔界と扉を開けてアリシアを呼び戻そうと思っただけよ。アリシアは私が間違って魔狼を逃がしたけどちゃんと捕まえて魔界に戻したんだから、だからアリシアがまた聖女をすればいいのよ。だから…」


 マイヤはまだ何かを話そうとしたが隊員がたまらず口を挟んだ。


 「はッ?」何を言ってるんだ?アリシア様が魔狼を解き放ったと聞いたぞ。あれもお前の仕業だったのか…まったく、アリシア様もとんだ迷惑をこうむったわけか。それなのにまたアリシア様を利用しようだって?お前そう言うのを自分のしたことを種に上げてって言うんだ」


 「何よ。だって私じゃ無理なんだから仕方ないじゃない。素直にアリシアを呼び戻せばいいのに、お父様も大司教も体裁ばかり取り繕うとするんだもの。だから…」


 「おい、まったく、お前呆れて物も言えないな。まあこれから思う存分反省の時間はある。覚悟しとけよ。そんな都合のいい考えが間違っていたと分かるからな」


 「はっ?何が都合のいい考えだって言うのよ。私はこれでも一生懸命やって来たのよ。3年間一日も休みさえもらえなかったのよ。どうして私が悪いのよ。行ってみなさいよ。さあ…いいわ、お父様に行ってあなた達騎士隊から追い出してやるんだから覚えてらっしゃい!!」


 マイヤは自分のしたことの重大さに全く気付いていなかった。


 その後、マイヤは反省もなく、こんなことを起こした上にアリシアまで危険な状態にしたことで聖女をしての資格をはく奪され神殿から追い出された。


 そのまま牢に入れられそうになったが、それだけはとフィジェル宰相の顔を立てて辺境の地にある修道院行きを言い渡され王都から追い出された。




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