第34話(上)アリシア呼び出される
その頃アリシアはリオスの街はずれの小さな診療所で忙しく働く。
アリシアはここで働くときに国境警備隊長ヴィルの妹と言うことにしていた。
患者はいつも女神のようななどと言うがアリシアにしてみれば散々聖女と言われてひどい目にあって来たのであまりうれしくはなかった。
だからみんなにはそんな事を言うならもう治療しないわよと言ってやるのだ。
そう言うとさらにアリシアの人気や信頼は高まった。
まったくおかしな話だとアリシアは思っていた。
まあ、そんな事よりアリシアのやるべきことは決まっていた。
今のティルキア国はアリシアが決壊を張っていた頃とは変わりバードの感染も広がり始めていて、患者は途絶えることがなかった。
そんな時薬師のウートスから教わった薬草で新しい薬を作った。
どくだみがバードの感染を防ぐことはわかっていた。アリシアはそれに色々な薬草を足して患者に試した。
そしてある時とうとうバードに効く薬が出来上がった。
高熱のある人にはドクダミ、オナモミ、イラクサ、ヒイラギを混ぜてアリシアが水に魔力を加えた水で練って作った薬が良く効いた。
まだ高熱が出始めていない患者にはドクダミとイラクサ、ヒイラギを混ぜて同じくその水で練って作った薬が効いた。
「ウートス。出来たわ!これでバードで死ぬ人がいなくなるかも知れません」
アリシアは珍しく大きな声を上げてウートスに元に走って行った。
「こりゃすごい。そうとなればイラクサやヒイラギをたくさん取って来なければ…そうだ!猟師のケビルに頼めばいくらでも取って来てくれる」
ケビルはウートスの中の良い友人でかなりの年齢でもあったが元気だけはあるおじいさんだった。
「でも、ウートスあまり無理はさせちゃだめよ」
ふたりは大声で笑い合った。
その夜ほっとしたせいかグレンの事を思い出した。
いや、毎日思い出しているんだけど。今夜は時に気になった。
今頃どうしているだろう?
私が死んだことにしてもいいって言ったけどグレン悲しんでるかな?
落ち込んで食欲とか落ちてないかな?
何とか元気を出して国王として頑張ってほしいけど。
冷たいベッドは何度横寝返りを打っても落ち着かないまま目を閉じる。
夜中に温もりを求めて伸ばした手がひどく冷たくなって目を覚ます。
グレンと別れてからずっとだ。
ずっとグレンの腕の中にいられるって思っていたから。
ずっと死ぬまで一緒かもなんて淡い期待を抱いていたから。
アリシアはこの夜ひどく寂しかった。
バードの特効薬が出来てうれしいはずなのに。
そんな事で満足できるはずもないのに。
いつまでもグレンをひきずってはいられないのに。
しっかりしなきゃいけないのに。
そうやって今夜もアリシアは無理やり目を閉じた。
数日のうちには大量の薬が出来上がりアリシアはケビルに手伝ってもらってリオスの街の薬屋にその薬を持ち込んだ。
昼間のアリシアは仕事に没頭し屈託なく笑えるようになっていた。
ただしグレンの事が忘れられたわけではなかったが。
アリシアはいつの間にかリオスの街ではかなり名前が知られていて彼女が作った薬はすぐに近くの街にまで行きわたった。
おかげでバードに感染した人たちの病状は見るみるうちに回復して行き、アラーナ国からも注文が来たと薬屋から依頼が来た。
アリシアは自分の名前は伏せて自国でも作れるように薬のレシピを教えたが一番効くのはアリシアが作った薬だった。
「おかしいわ。同じ作り方なのに…」
「そりゃアリシアの魔力はオーディン教の女神エイル様の力がこもってるんだ。他の魔力とは違うに決まっているさ」
ゲイルもウートスも声を揃えてそう言った。
「そんなの。私にそんな力はないわ。ふたりとも私の事を持ち上げ過ぎよ」
アリシアはおごることもなく謙虚だった。
そんな時リオスの行政府から呼び出しが来た。
ウートスは大変だと大騒ぎしてすぐアリシアに行って来るようにせっついた。
アリシアは呼び出されて仕方なく行政府におもむいた。
受付で部屋を教えられてその部屋に入った。
「あなたがアリシアさんですか?」
青白い顔をしたやせぎすの男がじろっと見つめてそう問いかけた。
「はい、そうですが、私はどんな要件で呼び出されたんでしょうか?」
「はい、リオス行政官はあなたにバードの治療薬を作って頂いてリオスの民を代表してあなたにお礼を言いたいと申しております。それであなたの事を王都の行政府に報告したんです。そしたらぜひあなたに来てほしいと連絡がありまして、どうでしょう?こちらとしましては明日にでもべズバルドルに行っていただきたいんですが」
「べズバルドルにですか?いえ、私はもうそんな事には関わりたくないんです。この街で静かに暮らしていければ…バードの治療薬は診療所の薬師と一緒に作ったものですし私ひとりの力ではありません。ですからそのお話はご辞退させて下さい」
アリシアはべズバルドルに近寄る気はなかった。
ちょうどヴィルからの手紙が届いたばかりでガイル大司教やフィジェル宰相とも顔を合わしたくもなかった。
それにまた利用されるかもしれないのに、誰がそんなところに行くもんですかと思っていたのだ。
取りあえず行政官からお礼を言われ報奨金として100万ガラーネが渡された。
アリシアは迷ったがこれだけあれば当分遊んで暮らせる。それに診療所の傷んでいる家の修理も出来ると思い有難くいただくことにした。
その翌日、診療所の前に騎士隊がやって来た。
北の国境警備隊の服装ではなかった。
そこに現れたのはゴールドヘイムダルの騎士隊長レオン・ヘンドリックだった。
「失礼する。アリシア様はおられるか?」
「レオン隊長どうされたのですか?こんな所までお越しになるなんて…」
金色のマントの下は肩章や金糸に縁どられた豪華な白いダブルブレスト。
相変わらず端整な顔立ちに頼りがいのある美丈夫。
錆色の髪は後ろで一つに束ねてあり、瑠璃色の瞳は少し緊張しながらも穏やかな色をしていた。
アリシアは驚いて少し躊躇するがすぐに緊張はほぐれて行った。
「アリシア、聞いたよ。バードの特効薬を作ったんだって?凄いじゃないか。べズバルドルはこれでバードにかかっても安心だってそりゃ大騒ぎになっているぞ」
「そんな。それにあれは私一人で作ったわけじゃないんです。ウートスも…あっ、ウートス。こちら王都の騎士隊のレオン・ヘンドリック隊長です」
ウートスはたまげる。
「こ、これは王都の騎士隊の…まあ、こんなむさくるしい所におあがりくださいとも言えません…」
ウートスはおろおろして入り口で狼狽えている。
「ウートス様大丈夫です。すぐに失礼しますので‥アリシアとにかく一緒に来てほしいんだ。君を連れて帰れないと国王や議会が黙っていない。国王は君に勲章と報奨金を出したいとおっしゃっている。すぐに支度して俺と来て欲しい」
レオンの口調は優しかった。
「レオン隊長、お話はありがたいんですが私もうべズバルドルには戻る気はないんです。勲章も報奨金もいりません。皆さんにはそう伝えて頂けませんか?」
アリシアも穏やかに返事を返したのだが…
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