第32話(上)ベルジアンの思惑

 グレンと別れたベルジアンは、まずアラーナ国とティルキア国との国境をがあるチェスキーを目指した。


 アリシア様はきっと兄であるヴィルフリートを頼るはずだろうと考えたからだ。


 ベルジアンの脳裏にはこれまでの過酷な出来事が蘇った。


 そもそもベルジアンはペルシス国の貴族だった。国では宰相の執務と言う責任ある仕事に付いていたし婚約者もいた。


 だが…よりによってティルキア国との戦争に負けて奴隷となり剣闘士になった。


 婚約者は亡くなり家族も死んだ。ベルジアンは愛するものをすべて失い失意の底で這いつくばるように生きて来た。


 最初からベルジアンはティルキア国と戦うことは反対だった。なのに国王は思い上がりティルキア国に反旗を翻した。


 その結果はひどいもんだった。


 何とか生き延びながら剣闘士の勝者となり亡くなった国王からグレン殿下の側近と言う名誉ある仕事を与えられた時には胸が震えるほどの喜びを感じた。


 やっと自分らしい生き方が出来ると。


 だからグレン殿下の為に身を粉にして働いてきた。ベルジアンはグレン殿下が国王になるべきだと考えていたし、こうなったのも当然の結果だとさえ思った。


 だが、アリシアの事だけは気に入らなかった。


 まあ、これまではそんな事はおくびにも出さずにいたのだが…


 グレン殿下が国王となるからにはアリシアは王妃としてはふさわしくないと思っていた。


 何しろアリシアの母親はペルシス国の元王妃。あの女は我が国王が亡くなったと言うのにティルキア国の国王に色目を使って愛妾に成り下がった。


 おまけに国王との間に子供まで…そんなに自分が可愛かったのかとはらわたがふつふつと煮えかえる。


 結局そんなところは娘のアリシアも同じだ。


 グレン殿下がアリシアはあれほど彼女を愛している様子だが結婚しようとはしなかったのは運が良かった。


 アリシアは自ら母親と同じ愛妾として可愛がられそれに満足していた。それだけ自分が卑しい女だと分かっているのだろう。


 ティルキア国では魔狼を解き放った悪女として裁きを受ける身だったんだ。それくらいは当たり前だろう。


 殿下が国王になると決まって出て行ってくれたのも幸いだった。


 このままアリシアは姿を消してくれればいいが…きっとグレン殿下はこのままでは済まさないだろう。


 何とかアリシアを諦めさせて殿下には王妃にふさわしい女性と結婚してもらわなければ。


 そんな事を考えながらチェスキーの街に入った。


 街はバード感染者が激増しているらしく街から逃げようとしている人。


 具合の悪い子供を抱きかかえて医者の所に向かっているらしい人。


 親とはぐれたのか泣き叫び親を探す子供。


 荷馬車や荷物を積み込む人の大きな声。


 馬車乗り場にはたくさんの荷物を抱えて長者の列を作って並んでいる姿。


 ここまで来るとちゅにも似たような騒ぎがどこもかしこでも起きていた。


 ベルジアンは大きくため息をついた。


 この状況でアリシアを探し出すなどとても無理だと判断する。


 取りあえずティルキア国北の国境警備隊に向かいヴィルフリートにアリシアは来たら知らせるように他んでおいた方がよさそうだ。


 ベルジアンは取り急ぎ国境に向かった。


 そしてヴィルに言伝を頼むとチェスキーに戻った。


 チェスキーの内務省がある建物に向かい、そこでバードの感染者状況などを確かめ必要な手伝いをする方がいいと思った。


 困っている人への食糧の配布や診療所への支援。そして暴動などが起きたりしない用警備隊の巡回を増やす必要もある。


 そんな時、診療所でアリシアが必死で治療を行っているところに遭遇する。


 「アリシア様じゃないですか?こんな所で何を?」


 驚いたベルジアンは思わず声を掛けてしまった。


 アリシアも驚いた顔でベルジアンを見た。


 「ベルジアン様どうしてこんなところに?…あのグレンは?」


 ベルジアンはとっさに返答に戸惑うが、すぐに言葉を切り返した。


 「殿下は国王になられたんです。今は王宮で執務に忙しくしておられますよ。そんな事よりアリシア様はどうしてこんな所にいるんです?てっきりお兄様の元に行かれたと思っていましたが…」


 「ええ、すぐにでもこの街を離れるつもりでした…ですが困っている人を見過ごすことも出来ませんから‥」


 「治療は終わりましたよ。ゆっくり休んでいてくださいね」


 治療をしていた人に声を掛けると、アリシアは少し照れたように言葉を濁しながらベルジアンの方に向いた。


 ベルジアンの眉がぴくぴくと動く。


 「ほんとに?…あっ、もしかしてここで人々の心を惹きつけて王妃にふさわしい人だと言われたいんじゃないんですか?」


 ベルジアンは大ぴっらにこんないやらしい事を言うつもりはなかったが、アリシアはあの王妃の子供だ。それくらいの事はするかもしれないと思っていたばかりだったのでついそんな言葉が出てしまった。


 自分でも信じれない。慌てて失言をわびる。


 「あっ、すみません。こんな失礼なことを…違うんです。あの…その…実は私はあなたに王妃になってほしくはないんです。わかって頂けますかアリシア様」


 アリシアは驚いた様子もなく、くすりと笑った。


 これにはベルジアンも驚いて彼女が何を考えているんだと逆に構えてしまい腕を組んだ。


 アリシアは屈託ない笑顔を浮かべるとベルジアンの方に改めて向き直った。


 「ベルジアン様、そんな事最初からわかってますよ。私だってグレンが国王になれば王妃にふさわしくないことくらいわかってますから。だから彼が帰ってこないうちに屋敷を出たんです。信じて頂けますか?」


 「ええ、そうかもしれませんが…」


 ベルジアンはああ、そうなんですかとは簡単に信じる事は出来ない。これはグレン殿下に関わる最重要案件なのだから。


 「そんなに疑うなら私を監視でも何でもすればいいですわ。まあ、無駄だと思いますけど…さあ、忙しいんです。そこをどいていただけます」


 アリシアはそれだけ言うと患者の治療に戻った。


 ベルジアンは全くアリシアが信じれないわけでもなかったが万が一と言うこともあるとアリシアを監視するものをつけることにした。


 彼女にも他のものにも気づかれないように密偵を使うことに決めた。


 「アリシア様の言うことはわかりました。あまり無理をされませんように、では私はこれで失礼します」


 「……」


 アリシアはもう振り向かなかった。彼女にその声が聞こえたかはわからなかったがベルジアンはその場を去った。


 グレン殿下には取り急ぎの手紙を書いた。


 アリシア様はまだ見つかっていない事、ヴィルには知らせるように頼んだこと。引き続き捜索の範囲を広げる事そしてチェスキーの街がかなりひどい状況だと言うことも付け加えた。




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