第30話(下)こんな予定ではなかったんですけど
アリシアはすぐに国境警備の人間に声を掛ける。
「私はアラーナ国のものですが治癒魔法が使えます。どうかこの辺りに大きなテントを張って治療する場所を確保してもらえませんか。ここにいる人たちの中にはバード感染者もいるように思います。まずは感染者とそうではない人を分けます。そして感染していない人も経過観察をして感染していないかを確かめなければいけません。ですからここでバードを抑え込まないとティルキア国に感染が広がってしまいます。どうかお願いします」
隊員はけらけらと笑った。
「あんたは知らないだろうがティルキア国は聖女様がいて結界を張っているんだ。だからそんな病気だって入る事はない。あんたの心配はわかるが大丈夫だ」
「何を言ってるんです。今の聖女はマイヤですよね?」
「ああ、アリシアって言う聖女からマイヤ様に変わったって聞いている。それが?」
「アラーナ国ではティルキア国の決壊が弱まったってみんな知ってるわよ。いろんなところにほころびがあって無理に国境を越えなくたってティルキア国に入れるってもっぱらの噂なのよ。そんな危なっかしい結界が安心出来るって言うの?いいから私の言うことを聞いて!」
「おいおい、お嬢さん、偉く自信たっぷりじゃないか?そんなのどこに証拠があるって言うんだ?」
「もう!あなたじゃ話にならないわ。ここにヴィルフリート・バルガンって言う警備隊員がいるはずよ。その人を呼んでちょうだい!いいから、早くしてバードが移ってもいいの?」
「いや、それは困る。参ったな。血用の知り合いか?ちょっと待ってろ」
話の通じない警備隊員がヴィルを呼びに行っている間にアリシアはアラーナ国の人たちに話をしなくてはと急ぐ。
今隊長とか言った気がしたけど…まさかね。そんな事より急がなきゃ。
ちょうど大きな岩がありその上にアリシアは立つと大きな声を上げた。
「みんな聞いてちょうだい。ここにはすでにバードに感染した人がいるわ。みんなも気づいてるはずよ。私はその人たちの治療を出来る。だから心配ないから安心して…」
人々から怒号が湧き起こる。
「俺達を騙す気か?」
「旨い事を言っても無駄だ。俺達はここを通してもらう!」
「いい加減なことを言うな!」
「そうだ。そうだ。騙されないぞ!!」
人々は口々にそんな事を叫んだ。
アリシアはそんな騒ぎが収まるのを待った。
「話は終わり?みんなもうわかってるはずよ。ここにバード感染者がいるって。いい?みんなよく聞いて。これから感染者とそうでない人に別れてもらう。ティルキア国にすぐに入るのは無理なの。感染者かどうかはっきりするまではね。みんなもティルキア国がバード感染者でいっぱいになったら逃げるところがなくなるのよ。だから協力して。いいわね!」
「俺達はどうなる?ティルキアは受け入れてくれるのか?」
「どうなんだ?そこをはっきりしてくれ!」
そこにヴィルが走って来た。
「アリシアどうした?」
「ヴィル。良かった。さっきの人じゃ話にならなくて…」
アリシアは結界が甘くティルキア国に簡単に入れる事を話した。だからここで感染者を食い止めないと大変なことになることも。
「わかった。それで何をすればいい?」
「ここに大きなテントを何基か張って。そして感染者とそうでない人を分ける。あっ、それは私がやるから。感染者じゃない人達には自分たちで食事の支度とかいろいろな準備をしてもらったほうがいいわ。隊員の人はなるべくアラーナ国の人と接触しないようにして。特に口や鼻を覆ったほうがいい。それからどくだみ茶を大量に準備してほしい。バードの初期にはどくだみ茶が効くからそのお茶でしっかりうがいをするようにみんなに知らせて」
「わかった。急いでテントを張ればいいんだな。それとどくだみ茶。了解!」
「ええ、ヴィルあなたがいて助かったわ」
「でもどうしたんだ?グレンは?」
「グレンは忙しいの。わかるでしょう?」
「まあな、アラーナ国もバードで大変だと聞いた。でも、アリシアも一緒かと…」
「これでも私は治癒魔法が使えるのよ。私は王都以外の担当なの」
「そうか。助かるよ」
ヴィルは何の疑いも抱かなかった。
そしてアリシアが言ったようにバード感染者とそうでない人に別れて感染者には治癒魔法をかけて行った。
数日でバード感染者は完治して新たな感染者もいなくなった。
その頃になるとチェスキーの街がバード感染者がいなくなり落ち付いてきたと知らせが入った。
そんなわけで暴徒化していたアラーナ国の人たちはチェスキーに戻り始めた。
そんな人々を見送りながらアリシアとヴィルはほっと笑顔を浮かべる。
「アリシアやったな。みんなアリシアに感謝してるぞ。ほら、あんなに嬉しそうに手を振って」
「ヴィルのおかげよ。でも、ヴィルったらあなたが隊長だったなんて早く言ってよね」
「そんなの関係ない。アリシアがあの時みんなに話をしてくれたおかげだ。みんなもアリシアの話を信じたから従ってくれてだから感染も防げた。ありがとうアリシア」
「ううん、そんなの当然だもの。ヴィル実は私グレンとは別れたの。だからしばらくリオスで暮らそうって思ってるの。協力してくれない?」
「はっ?グレンが何かしたのか?」
「ううん、グレンは国王になるの。だから私は別れることにしたの。私は王妃になんかなれないもの」
「そんなわけないだろう?グレンには話をしたのか?」
「そんなのできるはずないじゃない。グレンは私を離すはずがない。だから私から離れなきゃいけないの。いいから隊長、リオスでお勧めの仕事と住まいを探してよ」
「そんなの…まあ、しばらくの間だけだからな。きっとグレンが連れ戻しに来るぞ」
「あら、私だって魔法使えるのよ。グレンを近づけないようにだって出来るんだから」
「ああ、もう知らないからな。俺のせいじゃないぞ。アリシア何かあったら責任はとってくれよ」
「わかってるわよ。ヴィルに迷惑はかけないから、お願い」
そうやってアリシアはリオスの街はずれの小さな診療所で澄みこんで働くことになった。
それからしばらくして国境警備隊はアラーナ国の暴徒を見事に抑え込んだとして国王から恩賜を賜ることになりヴィルたちはべズバルドルに行く事になった。
アリシアは思った。
そもそも最初の予定はこうだったはず。
グレンと出会わなければきっと私はこうやって一人で生きていくはずだったんだもの。
大したことはない。
きっとグレンの事はいい思い出になるはずだから…と。
込み上げる寂しさや愛しさを無理やり心の底にぐっと押し込めた。
小さな診療所は高齢の薬師のウートス一人だった。
元々国境の街リオスには診療所がほとんどなかった。アリシアがそこで働き始めるとティルキア国には珍しい治癒魔法のできる治癒師が入ったと話題になりあちこちから診療所に病気やけがをした人が訪れるようになった。
おかげでアリシアの予想を超えて大忙しの日々だった。
薬師のウートスは優しく気のいい人だったのでアリシアは思いっきり治療に専念できた。
それにどこからそんな話が知れたのかアリシアはいつの間にか魔狼を解き放った極悪悪女なんかではなく女神エイルではないかとまで言われるようになっていた。
アラーナ国の人が暴徒化した時アリシアが身を挺して治療を施し事を収めたことはみんなが知っていたのだ。
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