第30話(上)こんな予定ではなかったんですけど
アラーナ国の南の国境の街チェスキーでも少しずつバードの患者が出始めていた。
街の診療所は病気の人であふれ次々に重傷患者が運ばれていた。
アリシアはすぐにでもティルキア国の北の街リオスを目指そうと思っていた。
だが、ちょうど運悪くというか診療所の前を通りかかってしまい苦しそうにしている人たちを目にしてしまう。
自分には出来ることがあるとわかっている。
それをしないのは正しい行いとは言えない。
アリシアの脚は止まった。診療所に声を掛ける。
「あの…実は私、ほんの少しですが治癒魔法が使えるんですがお手伝いさせてもらえませんか?」
ああ…もうなんて人がいいんだろう。こんなの放っておいて早く国境までたどり着いてティルキア国の国境警備隊の人にヴィルフリート・バルガンをお願いしますって言えばいいのに。
私は姉だとヴィルが保証してくれれば難なくティルキア国に入れるだろう。
それにグレンに見つかったらまずい。一刻も早くアラーナ国を出た方がいい。
アリシアの頭はそんな事をつぶやいている。
グレンの事を忘れるためにもそうするのがいいんだからと。
診療所で大忙しだった看護師のハンナがアリシアを見て目を輝かせた。
「助かります。ぜひお願いします。さあこちらです。先生~治癒魔法を使えるって女性が来て下さいましたよ」
アリシアは腕を引っ張られるように中に連れて行かれた。
そこには大勢のバード患者と思われる人たちがいた。
高い顔でうなされている人。小さな子供やお年寄り。どの人も高熱なのだろうぐったりして辛そうだ。
アリシアはもう何も考えらなくなった。
この人達を助けなければ…
「まず、小さなお子さんから…さあ、ここに横になってね。すぐに楽になるからね」
そう優しく声を掛けると小さな女の子に治癒魔法をかける。
唇を寄せずとも手のひらをかざせば力を使えるようになったアリシアはその子の身体に力を注ぐ。
ふわりと金色の光が女の子の身体を包み込んでいくと真っ赤なほっぺが少しずつ健康的な肌色になって行く。辛そうに咳き込んでいた身体は見る見るうちに楽に呼吸をし始めた。
「どう?少しは楽になった?」
「うん、すごく息が楽になって頭痛いのが治った。お姉ちゃんすごい。ありがとう。お母さん私もう治ったみたいだよ」
アリシアに子供の母親が嬉しそうに頭を下げた。
「ありがとうございます。あのお名前を」
「いいんです。当然の事ですから…さあ次の方」
そうやってアリシアは次々に具合の悪い患者を治していく。
だが、後から後からやって来る患者が多すぎて治療している間に具合の悪くなる人も出て来る。
アリシアは休みなく治療を続けて行った。グレンの事を忘れるには忙し過ぎる方が良かった。
診療所の医師ダンカンもアリシアに少し休むように言う。
「アリシアさん少し休んでください。あなたが倒れては大変です。さあ、ここはいいから…」
ハンナに連れられて診療所の裏手にある部屋に連れて行かれ休むように、食事もするようにと用意してもらう。
そうやって数日間アリシアは渾身の力を使って治療に当たった。
そしてやっとバードの患者がいなくなり診療所にやっと少し余裕が出来て来た。
アリシアもこれで大丈夫だろうとやっと腰を上げる事にした。
アラーナ国の国境警備隊は数人しかおらず、聞けばバード感染で人手が全く足りていないらしい。
そんなわけで国境の検問などあってないようなものだった。
そのせいでティルキア国側の国境にはアラーナ国の暴徒化した人たちが押し寄せていた。
ティルキア国の国境警備隊が叫んでいる。
「いいですか、ここからは入れません。ここからはティルキア国です。どうかアラーナ国の皆さんお引き取りを…これ以上無茶をするなら武力を行使することになります」
「いや、俺達はもう行くところがないんだ。バードで家族も失った。これ以上家族を失うわけにはいかないんだ!」
「チェスキーはもうバードの患者でいっぱいなんだ。戻るわけにはいかないんだ。入れてくれ!」
「ティルキア国はアラーナの民を助けてはくれないのか?」
「頼む。助けてくれ、お願いだ~」
それぞれが声を上げて国境を通してくれと声を上げている。
アリシアはその姿に茫然とする。
中にはバード感染者と思われる人もいる。
発疹にぐったりとしてひどい高熱でもあるように顔が赤く咳もひどい。
大変だわ。このままこの人達をティルキア国に入れるわけにはいかない。
アリシアは決意する。
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