第29話(上)グレンとの別れ

 アラーナ国では、この半年南方で猛威を振るっていた流行り病の熱病バードが最近王都にも感謝が出始めたのだ。


 この病は身体中に発疹が出て、高い熱が下がらず胸に炎症を起こして死に至るという恐ろしい病だった。


 どこの国も全力で治療法を模索してはいるがまだ確実な治療法は見つかっていなかった。


 ただアラーナ国は魔法を使えるものがいるし、王都以外の街では魔族にも助けてもらって治療に当たっていた。


 なのにまさか王妃が亡くなるとは思ってもいなかったのだ。


 そして国王のマティアスまでもが…


 グレンが王宮に着くと真っ直ぐに息を引き取ったマティアスの所に向かった。その顔は病気で苦しんだのだろう。歪んでいるように見えた。


 「兄さん後は頼んだよ。国王は兄さんが引き継いでくれるよね。信じてるから」これが最後の言葉だったと側近が涙を流しながらグレンに伝える。


 そしてすぐに議会が始まった。


 「グレン殿下、どうか国王になって下さいますよね?」


 「決まってるだろう。殿下しかいないんだ。ここはもう引き受けてもらうしかない」


 「グレン国王どうかアラーナ国をよろしくお願いします」


 どの貴族も手のひらを裏返したようにグレンが国王になることを熱望している。


 グレンが断りの言葉を言おうとするとそんな言葉は聞きたくないとばかりに皆が声を荒げた。


 「「グレン殿下!」グレン殿下しかいないのです。」どうか国王になって下さい」」」


 これにはグレンも驚いてつい「本当に私でいいのか?後で魔族の血を引いている国王はいやだとか、やめてくれなどと言うことは絶対にないのか?」


 「「「ありえません!!」」」


 グレンは議会の満場一致で国王を引き受けなければならない状態になった。


 元々責任感の強いグレンだ。そんなに期待されてはと思い始める。


 屋敷に帰るつもりだったがあちこちで病気への不安で暴動が起きたり、診療施設が手が回らなくなったりとやるべきことが山済みになっていたためグレンはすぐに執務に追われた。


 ***


 アリシアはグレンが出て行ったあと支度を始めた。


 侍女たちはグレンが国王になるかもしれないと色々忙しくしていてその隙にアリシアは屋敷を出て行くことにしようと急ぐ。


 そんな時グレンから急ぎの手紙が届いた。


 『アリシアへ


 俺は国王を引き受けることにした。そのせいで色々やらなければならないことが出来た。


 今夜は屋敷に戻れないかもしれないから先に休んでくれ。なるべく早めに帰るようにはするつもりだ。


 愛してるよアリシア。俺が国王になっても何も変わらないからな。


 だから何も心配せずに待っていてくれ。               グレン』


 その手紙を呼んだアリシアの気持ちが揺れた。


 グレンはそうかもしれない。でも周りの人たちが何て言うか。


 グレンあんなに国王にはならないって言ってたのに、みんなが言ったら引き受けるなんてね。


 やっぱりグレンもいつかは私を捨てるのかも知れない。


 ううん、もういいの。グレンが何と言おうと周りの人に押し切られるのよ。


 だから私が出て行ってもきっとわかってくれる。


 勝手な言い訳だと思う。


 でも、そうでもしなければここを出て行くなんてできないから。


 アリシアは弱気になった心を奮い立たせる。


 侍女たちには心配させないように診療所に出向くと伝える。忙しかったら泊まり込むから心配するなと付け加えて。


 着るものはなるべく地味で簡素で目立たない服装にした。


 街中の女性が着ているようなベージュに小花柄のワンピースドレスに帽子をかぶり何時も診療所に向かうときにつけるエプロンをつけた。


 荷物も最小限度にとどめ、着替えを二組ほど入れ後はグレンにもらったペンダント。


 橙月貴石オレンジムーンストーンと言うその宝石がついたペンダント。


 それは希少価値のある珍しい宝石だそうだ。月の女神の祝福を受ける貴石としても有名らしい。


 これを貰った時、まさに狼魔族の血を引くグレンにぴったりだと思った。


 何を隠そうグレンもこれとお揃いの貴石を剣の装身具につけている。


 だからどうしてもアリシアはこのペンダントを外したくなかったから。



 屋敷を出て行くアリシアはどこから見てもとても貴族の女性とは見えなかった。


 元々聖女として質素な暮らしをして来たアリシアだった。そんな姿になることにもちっとも違和感を抱かなかった。


 さあ、急がなくちゃ。グレンが帰ってくるまでに国境近くの街チェスキーに行けるといいんだけど…


 この3年の間にグレンは色々なところに連れ出してくれた。


 国の北側になる魔族の森はもちろん、南側のティルキア国との国境沿いの街チェスキーや西側の街チアンにも、そのおかげでどの道を行けばいいかも良くわかるようになった。


 馬車乗り場やそれぞれの街の大きさとかも、だからひとりで移動することも無理なく出来る。


 グレンはそんなつもりではなかったのだろうけど…


 そんな事を思うとまた胸の奥がツンっと疼いた。


 でも、これはグレンのためだもの。


 私はもう一生分の幸せをグレンから貰ったから。


 グレンあなたにはふさわしい女性がいるから。


 国王になってあなたのそばで支えてくれる立派な王妃がいるはずだもの。


 そう、彼にふさわしい女性が…


 グレンには手紙を書いておく。


 『~グレンへ~


 私はあなたのおかげでこの3年間とても幸せでした。


 でも、あなたが国王になると決まった以上私はもうあなたと一緒にいることは無理です。


 私はあなたにふさわしくない。


 だからどうか私なんか忘れてふさわしい王妃を娶って幸せに暮らしてください。


 グレン本当に今までありがとう。


 あなたには感謝しかありません。


 さようならグレン。                     ~アリシアより』                                      


 




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