第28話 それから3年の時が過ぎて


 「アリシア~」


 「はーい。ここですグレン。ただいま~」


 グレンは急いで玄関に走り出るとアリシアのそばに来て彼女の手を取った。


 「もう、すぐ帰って来るって言ったじゃないか!」


 「ええ、そうなんですが次々に患者さんが来てしまって‥心配させてごめんなさい」


 アリシアは街はずれにある診療所に出かけていた。あれから唇をつけなくても治癒魔法が使えるようになり、診療所の人手不足もあって時々お手伝いに行くようになったのだった。


 それなのにグレンと来たらいつもこんな調子で困るんだけど。


 アリシアはそんなグレンに思わすくすっと微笑みが零れた。


 だってそんなグレンがちっとも嫌ではなかった。むしろ愛されていると感じられてすごく心が満たされる瞬間でもあったから。


 「いいんだ。アリシアのせいじゃない」


 はっと俯いたアリシアの顎に手をかけるとちゅっとリップ音を立てて唇にキスをする。


 「もう、グレンったらいけない人。でもそんなグレンが大好き~」


 「俺もアリシア会いたかった。愛してるよ。俺のアリシアはほんとに可愛い。もう、こんなに手が冷たくなって、さあ、早く中に入ろう」


 アリシアは可憐な微笑みを浮かべグレンを見つめる。


 グレンはこれ以上ないってでれっとした顔でアリシアを抱き上げる。


 「グレンったら、私、歩けますよ~。もう、こんなの恥ずかしいから」


 「だって、寂しかったからアリシアで補給させて、ねっ、いいだろう?」


 「やだぁ~グレンったら」


 そんな光景を見せつけられている執事のべりジアンは辟易とため息をつくのが毎日の日課だった。


 ベルジアンもあれから王宮を離れグレンの執事として屋敷に帰って来た。


 他にも屋敷には侍女やメイド庭師などがいると言うのにグレンはお構いなしだ。。



 あれから3年近い年月が経つがグレンのアリシアへの態度は日に日に甘々になり、いつだって姿が見えないと心配と寂しさでいたたまれないらしく、その顔は泣きべそでもかくのではと言うほど重症だ。


 まあ、そんな二人だったが仲睦まじく幸せに暮らしていた。


 ただし、アリシアは自分が番と分かっていることはグレンには言っていなかった。


 結婚もまだ戸籍も入れてはいなかった。


 それでも考えられない幸せが続いていたから…もうそんな事はどうでもいいとさえ思っていた。




 そんなある日王宮から早馬が来た。


 「大変です。国王陛下と王太后が病に倒れられてお亡くなりになりました。グレン殿下どうかすぐに王宮にお戻りください」


 「殿下。これはすぐにでも王宮に出むかねばなりません」


 「ベルジアン、2人の葬儀には出向く。だが俺は国王になるつもりはない。俺のほかに後を取るものは他にいるだろう?何も…それに俺は国王になれば寄ってたかって魔族の血は忌まわしいだの、ほらやっぱりとか言われるのは目に見えている」


 グレンはまるで駄々っ子のように頬を膨らました。


 アリシアはそんなグレンを見て心が痛んだ。


 いつかはこんな日が訪れるのではと心のどこかで思っていた。


 グレンがもし国王になれば当然、自分は王妃となる。


 でも、そんなのはちっともグレンにとっては良くないことだとわかっている。


 だって私はティルキア国の父には見放され母は反逆国の人質だった。


 いくら元王妃だったとはいえ国が滅べばそんなものは何の意味もない事なのだから。


 そして何より私の中にも魔族の血が流れているという事。


 この国の人が魔族を嫌っている。グレンは国王の跡取りだから仕方がないとしても王妃まで半魔族だと分かれば彼の周りにいる人たちが反発するのは目に見えている。


 きっと彼もそう分かっているからこそ国王になることを拒んでいるらしい。


 グレン、あなたは素晴らしい人よ。勇気があって優しくて何より思いやりがある。


 グレンはあれから魔族とも親しく付き合いをして来た。


 魔王はグレンと親せきと言うこともわかり魔王はグレンを同じ仲間のように受け入れてくれた。


 あの弟ストガールは森を追い出されたがグレンは喜んで受け入れられた。


 そして彼が国王にならないと言った事にも魔王が喜んでいる事も知っている。


 もしグレンが国王になったら今までのように魔族と付き合って行けるのかもわからない。


 でも、きっとグレンなら出来ると思う。


 でも、もし魔族と対立することがあったらその時はアリシアが魔族との橋渡しになれればいいとは思うけれど。


 まあ、今はそんな事まで考えている余裕はない。


 アリシアはやっと決心した。


 「グレン。国王になれるのはあなたしかいないってわかってるでしょ。ベルジアンを困らせないで、それにみんなが貴方を待っているわ。さあ、支度をして早く出かけないと」


 アリシアはグレンの背中を押すと微笑んだ。


 「でも、俺はアリシアさえいてくれたら他には何もいらないんだ」


 グレンはアリシアを抱きしめて耳元でそう囁く。


 アリシアはグレンの両腕を掴んで向かい合う。


 本当はうれしくて涙が出そうでうるうるしてきそうになるのをこらえる。


 そのせいで眉根をぎゅっと寄せてしまう。


 でも、それがかえってグレンには怒っているように見えたらしい。


 「アリシアそばにいてくれるよね」


 もうなんて可愛いんだろう。胸の奥がぐずぐずになってしまいそうだ。


 でも、ここは心を鬼にしなくては。


 「グレンったら、そんなことわかってるじゃない。あなた男でしょう?私の好きなグレンならきっとこの窮地を救うために今すぐ王宮に行って皆を安心させるはずよ!」


 「でも…」


 「いつまでも甘えてばかりの男はきらいよ!」


 アリシアはわざとグレンを突っぱねる。


 でも、もし私も一緒に連れて行くと言ったら?ううん、グレンは流行り病の人がたくさんいる王宮に私を連れて行くはずがないわ。


 アリシアは頭の中で押しつぶされそうになる不安を押しのける。


 グレンは腕を組んでしばらく考えているようで何も言わない。


 「まさかわたしが信じれない?」


 アリシアはグレンに優しく微笑みかける。


 それだけでグレンはきゅっと引き結んでいた唇に笑みをうかべた。


 「ああ、そうだな。アリシアが信じれないなんて…ごめん。そうだ。アリシアの言う通りかもな。こうなったら仕方がないか。俺だってやるときはやるんだ。ただしアリシアお前は残れ。流行り病の心配もあるあんなところに連れて行けるはずがない。万が一にもお前に移ったら大変だからな」


 「グレン、でもあなたが心配よ」


 アリシアはグレンと離れたくないと彼の腕にすがる。


 こんなふうに出来るのもこれが最後かもしれない。だから…


 グレンはクスッと笑う。そして一緒に行こうとしたアリシアを押しとどめた。


 アリシアはグレンに行くなとでもいうように再度手を掴んだ。


 ほんとはこの手を放したくない。ずっとずっとこのままいたい。


 でも…それは無理ってわかってるから。


 グレンがアリシアの唇にキスを落とした。


 「大丈夫だアリシア。俺は魔族の血が入ってる。心配ない。アリシアはここで待っていろよ。いいな?」


 グレンはアリシアの両手を握り返して微笑んだ。



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