第27話 故郷は失ったけど幸せがやって来た
アリシアたちはグレンの転移魔法でオルグの泉に戻って来た。
ビンに閉じこめた魔狼の魂をオルグの泉に帰すと泉の水がほのかに青く光って一度湖面が激しく揺れた。
そして泉は何事もなかったかのように静かになった。
「これで魔大網は魔界に帰ったわ。良かった。これでやっと安心だわ」
アリシアはほっと胸を撫ぜ下ろした。
「ああ、アリシアこれからどうする?もちろん俺と来てくれるんだろう?」
グレンは当然のように彼女を誘うように手を伸ばした。
「あの、取りあえず魔狼を倒したことを報告した方がいいんじゃないです?」
ヴィルが差し出がましいがと口をはさむ。
「ええ、そうよ。国境警備隊からも報告が行くと思うけど私たちの方が早いし…大聖堂に行ってみましょう」
「もう、そんなの放っておけばいいんだ。魔狼はやっつけたんだし…」
グレンは駄々っ子のようにぐちぐちと言いながらついて行く。
***
大聖堂のつくとアリシアは大司教に面会したいと言って中に入って行った。
大司教の執務室に入るとなぜかフィジェル宰相がいた。
「アリシア、どうだった魔狼は退治できたのか?」
いつものように上から目線の大司教が聞いた。
「…あ…」
アリシアは一瞬言葉に詰まる。
「なんだその態度は、それがこの国を救った聖女にする態度か?」
グレンは我慢できないと文句を言う。
「ああ、これは…シーヴォルト殿下失礼しました。それで守備は?」
「ああ、魔狼は退治してさっきアリシアがオルグの泉に魂を返してきたところだ。もう心配ない。そうだよなアリシア?」
「ええ、はい、そうです。魔狼の脅威はなくなりました。では失礼します。グレン行きましょうか」
「ああ、ヴィルはどうする?」
「そうだな。これからゆっくり考えるさ。取りあえず一緒に行く」
「ちょっと待って下さい。シーヴォルト殿下には大変お世話になりありがとうございました。ヴィルもご苦労だった。だがアリシアは違う。お前は魔狼を呼び出した重罪人。例え魔狼を回収できたとしても国を危険にさらした罪はとても贖えるものではない。おい!すぐにアリシアを取り押さえろ」
そう言ったのはフィジェルだった。
扉の外にいたフィジェルの警備兵がアリシアを拘束しようとする。
「おいどういうことだ?魔狼を倒せばアリシアとは関わらない。そう言う約束だたはずだ」
グレンがアリシアの前に立ちはだかって警備兵を押し返す。
「大司教、また私を騙したんですね。いい加減にして下さい。この国に未練はありません。それにフィジェル宰相もです。あなたご自分の言っている事が全くのでたらめと分かっているくせに…どうやったらそんな神経になれるんです?私にはとても信じれません」
アリシアの瞳がウルウルしているのを見たグレンは胸が締め付けられるほど苦しかった。
俺の番をまた泣かせやがって!クッソ。二度とこの国に脚は踏み入れ差さん。
アリシアを胸の中に抱きしめる。
「アリシア大丈夫か?」
アリシアはグレンを見てしっかり頷いた。
そして息を吸い込んで呼吸を整えると最後に聞いた。
「最後に聞かせて…お父様は国王陛下は私の事を何とおっしゃっているのです?私の事などヴィルの事などどうでもよいと?」
大司教とフィジェルが顔を見合わせた。
「国王がアリシアの事を構うと思われるのか?国王はあなたの事などとっくにお忘れだ。それに今回の魔狼を解き放った事にひどくお怒りでお前を取り押さえろとおっしゃったのも国王だ。即刻、死罪に処するともおっしゃっておるくらいだ」
「わたしは…わたしは…この国のためと思ってずっと今まで…わかりました。グレンお願い」
アリシアの身体は震えていた。
その感情は、怒りなのか悲しみなのかそれともまさに真実を突きつけられたショックなのかもうわからなかった。
ああ…やっぱり。
アリシアは頽れそうになった。それをぎゅっと支えてくれた腕が温もりが今のアリシアには会った。
グレン。あなたは私を裏切らないで。絶対に。お願いだから…アリシアは心の中でそう願った。
「ヴィル行くぞ!」
グレンの声は怒りに震える。そして一瞬の間も明けずに転移した。
***
マコールの街はずれ。グレンの屋敷に転移した3人はベルジアンと連絡を取る。
ベルジアンはすぐに屋敷に駆けつけた。
「グレン殿下。ご無事で何よりです」
「ああ、俺はこれからはここで暮らそうと思う。アリシアとヴィルも一緒だ」
「はい、殿下の幸せなお顔が見れて私も幸せです。が、国王の葬儀もございますしお父上はあなたを次期皇王都ご指名されていたわけで…このままと言うわけにもいかないのではないかと…」
「ああ、それは俺がきちんと話をつけるから心配するな。ベルジアンはマティアスの側近としてこれからアラーナ国を支えてやって欲しい」
「殿下、お気持ちは変わりませんか?」
「ああ、俺はアリシアさえいてくれればいいからな。アリシアどうだろうか?俺と一緒に暮らしてくれるか?」
グレンは優しくアリシアに問う。
「いいんですか?私のような行く当てもないこんなものが貴方のそばで暮らすなんて…」
アリシアはグレンの顔をじっと見て耳まで赤く染めて言う。
それでもアリシアはグレンと結婚は出来ないと硬く心に決めていた。
だって私なんかふさわしくない。
時が来ればグレンはこの国の国王になるかもしれない人。
私はいつでも身を引けるようにしておかなければ。
例え私が番だってとしても国王の妃なんか無理だって知ってるから。
その答えはアリシアが生きて来た人生で得た教訓だ。
信じた人に二度と裏切られたくない。
特にグレンには絶対に…
それでもそばにいれる間は彼のそばにいたいって思うから。
何て都合のいい考えなんだってわかってる。
でもグレンを愛してるから。
「あの…殿下。そこは結婚してくれでは?」
ベルジアンはじれったくて口をはさむ。
「ああ、俺だってそう言いたいがアリシアにも心の準備があるだろう?アリシア勘違いするなよ。俺はいつだって結婚したいって思ってる。番は生涯に唯一無二の存在なんだからな。他の相手はありえないんだから…」
アリシアは思う。グレンの言っていることは本心だと思う。それにすごくうれしい本当よグレン。
だってあなたは私の番なんだもの。私だってずっとずっとそばを離れたくない。
でも、そうは言っても事情はいつ変わるかもしれないのよ。
私はいつだってその時の事情とやらでいいようにされてきたから。
もう二度とそんな思いをするのはいやだから。
引き際は自分で決めたいから。
アリシアの決心はやっぱり揺るがなかった。
「ええ、わかってる。でも、私の気持ちを尊重してくれてうれしいわ。取りあえず一緒に暮らすことに異存はないわ」
「まあ、おふたりがそう言われるのであれば…では、殿下ここで執務をされるということでよろしいですね?」
それから数日後グレンは王宮に出向いて議会に出席した。
話し合いで次の国王をマティアスにすることが承認され、グレンはシーヴォルト侯爵となることになった。
ヴィルは落ち着くとティルキア国の北の国境警備隊に入った。
風の噂でティルキア国の国王ルキウスが病に侵されていると。
国王の代わりに国王の弟のニウシスが国王としての采配を振っていると。
フィジェル宰相と大司教は今も国の中枢で権威を奮っていると。
ティルキアの決壊は聖女マイヤが執り行っていると。
そんな噂が時折耳に入っていた。
だがアリシアはグレンとの暮らしに満ち足りた時を過ごしていた。
結婚こそしていなかったがグレンはそれを強要もしなかった。
「アリシア俺の望みはただ一緒にいれるだけでいいんだ」
「ええ、グレン私もあねたがいてくれればそれでいい」
アリシアは本当に幸せだった。
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