第26話(下)魔狼討伐で
「ヴィル、俺がおとりになる。いいか俺がよけたらすぐに矢を放て!」
狼になったグレンがヴィルにそう指示を飛ばす。
ヴィルは落ちた弓矢を拾うと屋根に登り弓を構えた。
二頭は空中で絡み合うようにもつれ合う。魔狼がグレンの喉元に牙を立てる。
「ぐぅっ、おぅ…」
グレンはくぐもった声を上げる。
「ああ、グレン!しっかり!」
アリシアは声を上げる。片方の拳は思いっきり握りしめられて胸はぎゅうっと締め付けられる。
グレンの口元が緩んだかのように見えたその時、迫って来た魔狼を迎えるように向きを変えた。
そのまま魔狼を抱え込むとヴィルのいる方に向かって急降下し始める。
銀色と金色の毛がヴィルの前をかすめてくるりと向きを変える。それを追って来た黒色の塊がパッとヴィルの目の前に迫る。
「うそだろ…」
ヴィルは思わず空を突かれたように固まった。
「今だ。ヴィル放て!」
グレンの声が響きヴィルは気を取り直す。そして思いっきり矢を放った。
魔狼の心臓にヴィルの放った矢が突き刺さる。
スコールは苦しそうに身体をよじるとそのまま地面に目掛けて落ちて行く。
スコール。それがこの魔狼の名前だった。
アリシアの頭に矢が突き刺さるようにその名前がよぎる。地面に転がったままアリシアはすかさず声を上げる。
「スコールよ邪悪な魂を晒しなさい。我、神に変わりスコールの魂をここオルグの泉の聖水の中に封印する」
アリシアがそう唱えると狼の姿がスゥと陽炎のように揺らいだ。
細長く薄っぺらい狼の身体がパッと消えると邪悪な黒い球体が漂って来た。
アリシアは急いで立ち上がるとそのスコールの魂をビンの中に吸い込ませて急いで蓋をした。
「魔狼は?」
グレンが屋根の上で大声で叫ぶ。
「魔狼は封印したわ。後はオルグの泉に行って魔界に戻せばもう大丈夫!」
ヴィルが転がるようにアリシアの元に走って来る。
「良かった。アリシアすごいな」
「ヴィル良かった。やったわ。ヴィルがいたから出来たの。ありがとうヴィル」
アリシアがヴィルに抱きついた。ヴィルもアリシアをしっかり抱きしめている。
そこに狼の姿から人間に戻り屋根から下りて来たグレンが。
「アリシア、そりゃないだろう?抱きつくのは俺にしてくれないか」
「あっ、すまん。アリシア。グレンとゆっくり抱き合ってくれ」
ヴィルはすぐに魔狼を封印した事を国境警備隊に報告しに行った。
「グレン怪我は?」
アリシアは血を流している喉元を見る。
「ああ、こんなの怪我のうちに入るか!」
グレンはすっとその傷を治してしまった。
「すごいわ。やっぱりあなたって天才じゃない?」
アリシアはグレンの腕に絡めとられた。
「いや…そんなに褒められると…アリシアこそ、あっ、そうだ。お前こそ怪我してないか?」
「ううん、大丈夫。ほら、この通り」
アリシアは何でもないように泥のついた腕を折り曲げて見せる。
たった今気づいた感情にどう向き合えばいいのかもまだわからないまま。
狼になったグレンを見てアリシアの心臓はえぐられるように鷲づかみにされた。
その姿に。その存在に生まれて初めて自制心を失いそうになるほど心が震えた。
この人が…私の番。
何も考えなくても自然とその言葉が頭の中に浮き上がった。
まるで空に花火でも上がるかのように…身体じゅうに火花が弾けた。
アリシアはやっとグレンが自分を番だと言った事が信じれた。
ああ…私どうして今まで気づかなかったのだろうと思うがわからなかったのだから仕方がない。
それでも何となくグレンを初めて見た時から何か胸がざわめくような感覚はあった。
それが何なのかはわからなかったが、今思えばそう言う事なのだろう。
グレンが私の番だったからと。
でも、アリシアはまだグレンに何て言えばいいかもわからない。
そんな気持ちでグレンを見つめる。
ふたりの顔はすぐ間近で瞳が重なる。
「アリシアの瞳って宵の明星みたいだな」
「何よそれ!」
グレンがいきなりきざなことを言う。アリシアは何のことかちっともわからない。
「夜の始まりに一番に輝く金星みたいにさぁ…何て言うか…お前の茜色の瞳に星が一つ輝いているみたいでとっても綺麗だ…」
「もう、やだ。グレンったらいきなりどうしたのよ?」
グレンは真剣な眼差しでアリシアを見つめて来る。
こんなのまともな神経ではない時に?
そんなの受け止め切れないんじゃないかって。
アリシアの口もとはきっとぽかんと開いたままだろう。
「キスしたい…アリシア俺は友達以上になりたい。いいか?」
「そんな…そんな…グレンったらキスに許可取る気?」
彼が番だって思うとなおさら意識してしまうのに、そんな事を言われたら…
アリシアは過呼吸でも起こすのではと喉が引きつる。
「だって…お前が言ったんだ。友達からって、俺はそれ以上になりたいのに…だからきちんと聞かないといけないだろう?」
さっきまでの勇ましい彼はどこに行ったのかと言うほどグレンはしょげた子犬みたいに眉を下げた。
「私だってそんな事わからないんだもの…ああ、もう、じれったいんだから…」
”グレンあなたは私の番なのよ。そんなこと聞かなくたって…ああ!もぉ!”
アリシアは喉の奥でそんな言葉を紡ぐ。そして背伸びをしてグレンの頬を両手で挟むと唇をそっと触れ合わせた。
「はっ、む…」
おかしな声がもれてアリシアはすぐにグレンの胸を押して距離を取る。
「あり、し、あ。好きだ。お前が愛おしくてたまらない。お前が欲しくてたまらない。でも、アリシアが嫌がることは出来ない。だから、俺ずっと我慢してたのに…」
グレンは箍が外れたようにアリシアをぎゅっと引き寄せると唇に吸い付いた。
上唇をそっと食まれ、今度は下唇を優しく噛む。
舌先で唇の全てをなぞられアリシアがほぉっと唇を開いた途端グレンの舌がぬるりと滑り込んだ。
何度も口腔内をまさぐられ全部全部俺のものだと言わんばかりにグレンの唾液とアリシアの唾液を混ぜ合わされぐちゅぐちゅといやらしい音が見張り台に響いた。
グレンの熱烈な口づけに翻弄されうっとりとなり彼の腕に縋りついた。
だが次第に息をする事もままならず握りしめていた手のひらを拳に変えてグレンの腕を叩き始めた。
やっとグレンが唇を離した。
「ありし…あ、好きだ」
グレンの唇の周りはぐっちょり濡れててらてら光っている。
「グレンったらいい加減にしてよ!私を殺すつもり?グレンなんか大っ嫌い!」
「だってアリシアからキスして来たんじゃないか。そんな事されたら俺がどうなるかくらい…」
「もぉ!だ、誰があんな激しくしろって?死ぬかもって思ったんだから」
「…ば、ばかだなぁ、鼻で息すればいいだろう」
グレンはふっふっと笑った。
「そんなの知るわけないじゃない。初めてなんだから!もう知らない!」
アリシアは恥ずかしくて真っ赤になって怒ったままだった。
そこにヴィルが帰って来た。
「国境警備隊の人がお祝いに警備隊の宿舎で食事でもって言ってるけどどうする?」
「えっ?なんだヴィル」
グレンが棘のある声で返事をした。
「どうした?」
グレンはアリシアのそばでオロオロしてアリシアはプイっと顔を背けたままでヴィルは思わず吹き出しそうになった。
急いで咳払いするとグレンに言う。
「ああ…すぐに帰ろうか。俺、そう伝えて来るわ」
ヴィルは見張り台を急いで後にする。
何やってんだ。ふたりともお互いの気持ちはもうわかってるんだろう?そんな事を思いながら…
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます